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あたしは無意識に後ずさって、また倒れそうになった。体中の血が凍り付いたみたいだった。何かが喉を迫り上がってきて、息もできなかった。
「あ、遊ぶって、いったい……」ようやく、あたしはそれだけを言った。
ビトちゃんは上半身を起こした。その姿はまるで攻撃態勢を取ったタランチュラだった。そのまま脇腹に新しく生えた腕の一本が、あたしに向かって突き出された。
黒くヌメる、よじれた木の根っこみたいな手の中にあったのは、大きな――ハサミだった。
それは裁ちばさみだった。子供だったあたしが、ヌイグルミのビトちゃんの手脚を落としたのと同じ、黒くて大きい裁ちばさみだった。
「バラバラごっこ」ビトちゃんは言った。
「大丈夫。姉さんが、ちゃんとくっつけてくれるから」
あたしはわけの分からないことを叫んだ――はずだ。まるで頭の中で爆発が起こったみたいに、この一瞬の記憶は飛んでいる。
気が付くと、あたしは駆けてた。全力で駆けてた。両親の居室へ行かないと。〈本〉さえあれば、もしかしたら。もしかしたら、まだなんとかできる――かも知れない。畜生。
〈本〉は。あの〈本〉は、ホントはこんなふうになることを、企んで。畜生。
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