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けれど、少しも進まなかった。まるで水の中の出来事みたいだった。喘ぐような自分の息遣いしか聞こえない。世界に手応えがない。手脚が無駄に空を掻く。いくら力を入れても身体は前に進まなかった。
途方もない時間が経ってから、ようやく階段まで来た。あたしは身体を投げ出した。段の角に顔を打ち付けそうになった。目の前の段は埃だらけだ。そう言えば掃除をずいぶんしてない。ああああ。
段に両手を掛けて、あたしは必死でよじ登る。一段、もう一段。脚に力を入れて踏みしめる毎に、身体が浮き上がる。それとも、世界が沈んでいるんだろうか。あたしにはもう分からない。
そのとき、頂上が目に入る。
二階だ。あたしは廊下に転がり込んだ。下をのぞいた。ビトちゃんはまだ下にいる。あたしを見上げて、大口を開けて、笑ってる。あたしは足に力を入れた。父さんたちの部屋の扉が見えている。あたしは廊下を走ろうと――。
視野の隅を黒い影が掠めた。
廊下の右手は吹き抜け。その何もない空間に、ビトちゃんが浮かんでいた。
ビトちゃんはジャンプしたんだ。重さが消えてしまったみたいな、軽やかなジャンプで、二階の廊下にまであっさりと飛び上がったんだ。
その一息で、ビトちゃんはあたしと父さんたちの部屋の間に立ちふさがってた。
「ざーんねーん。ビトちゃんの勝ちぃ」
怪物はキャハハと笑い、パニックに駆られたあたしは廊下を逆向きに走った。どこに向かえばいい? でも、逃げなきゃ。どこでもいい。とにかく逃げなきゃ。
助けて。姉さん、助けて。
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