恋を望むこと。

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 小学校に上がるタイミングで、両親が離婚した。千草(ちぐさ)は母親についていき、双子の兄である(つかさ)は父親についていった。  離婚したと言えど両親の仲が悪かったわけではなく、離婚した後もお互いが歩いて行ける距離に新居を構えた。その関係で千草は、小学校、中学校と、司と同じ学校に通っていた。高校は、千草は私立へ、司は公立高校に進学した。どちらとも進学校と言われる類の学校らしいが、少なくとも千草には、勉強が得意だという意識はない。  千草と司は双子だが、顔は似ていない。二卵性という言葉を、小学四年生の頃に知った。ただ性格は似ていて、お互いに静かな空間を好む。そのせいか小学校から中学校にかけて、二人とも友達がいなかった。故に、放課後はいつも二人で過ごしていた。母は、千草と司が仲良くしていることに安堵していたが―――司の話によると、父は少しだけ申し訳なさそうにしていたらしい。 「ねぇ、司」  そして、今。  高校に入学して三ヶ月。千草は、やっぱり司と一緒にいた。  放課後の大型ショッピングモール。お互いの学校から比較的近いモールである。何をするでもなく、通路に置かれたベンチに座り駄弁っていた。この時間だと学生が多く、千草や司と同じ制服を着た者も散見できる。 「あんたの学校、今週末、文化祭だよね?」 「おお―――」  と、司は気の抜けた返事をする。元気がないわけではなく、彼はこういう喋り方なのだ。口をあまり開かず、気怠そうな顔で話す。これで体も大きいから、客観的に見たらちょっと怖いかもしれない。  まぁ千草にとっては、ただの見慣れた顔だけど。 「―――金曜日が学校の人らだけ。土曜が一般公開。お前、来んの?」 「なんかさぁ、北二の文化祭行きたいって友達がいてさ」  北二とは、司の通う高校の略称だ。  ちなみに千草の通う学校は女子高で、北女と学校内外で呼ばれている。 「へぇ。トモダチ、できたんだな」  司はそう言うと、小さく鼻で笑った。  千草に友達ができたことを信じてないのだろう。千草はずっと友達がいなかったので、そういう反応をされても文句は言えない。ただ、友達がいなかったのは司も同じだ。 「司、あんたこそどうなのよ。私のこと馬鹿にできんの? 文化祭の日、あんた一人だったら写真撮っかんね」千草は両手の親指と人差し指で長方形を作り、それをカメラに見立てて司の顔に合わせた。「ぶきっちょ面だな、相変わらず。一卵性じゃなくて良かったよ」 「いっそ双子じゃなけりゃ、俺はお前みたいに性格悪くなくて済んだのにな」  ほう、言ってくれるじゃないか。千草はそう思って言い返そうとしたが、口を(つぐ)む。自分は今、とんでもないことを言おうとした。  千草のそんな葛藤を知らずに、司は「あ」と声を漏らした。 「なんか言わなきゃって思ってたの、思い出したわ。今週、文化祭の準備で忙しくなっから会えねぇ。多分」  先週は、千草のテスト期間で会えなかった。  今日も一週間ぶりの再会だったのだが、また会えなくなるらしい。ちょっと残念だ。何だか悔しいので、口には出さないが。 「はーいはいっと。会えないのね。それよかさ、高校の文化祭ってどんな感じなの?」 「どんな感じ? あー………」  司は口を半開きにしながら、斜め上を向いた。考えるときの癖だ。彼は一点をジーッと見つめて考え込む。小さい時からそうだった。 「………まぁ、あれだ。友達はいた方が良いかもな」 「………それだけ?」 「あと、学校全体は黄色い雰囲気になる」 「黄色?」 「授業が早めに終わらせて、文化祭の準備時間にしてくれる先生もいる」 「急に具体的なこと言うじゃん」  もういいでーす、と千草は適当に話を区切った。司も渋ってるわけではなくて、きっとわからないのだ。彼にとっても初めての文化祭なわけだし、そもそも千草の聞き方が曖昧だった。  ただ、一つだけ気になる言葉があった。黄色い雰囲気―――つまり、恋愛が盛んになるということだろう。大きい行事なだけあって、浮かれてしまうのは当然だ。千草だって、文化祭が近付けばきっと期待に胸を膨らませる。  ()()()()ような顔をしている司も、例外ではないだろう。となると、気になることがある。 「………彼女、とか、できた?」  千草は歯切れ悪く聞いた。小学校中学校と友達がいなかった千草は、もちろん浮いた話なんて経験したことがない。故に、こういう話題は苦手だった。だがしかし、気になるものは気になる。  開き直るなら、恋愛は苦手だが恋愛話は聞きたい、といったところだろう。千草は勝手に、全人類がこれと同じ感情を抱いたことがあると思っている。 「できてない、………けど、まぁ、浮いた話はあった。俺だけじゃなくて、身の回りでもな」 「なに、あんた。浮いた話って。聞いてないんだけど」 「真顔で言うのやめてくれるか」 「いいから。いつの話?」  千草は表情を変えずに顔を寄せる。  司は、すぐには答えなかった。千草のことを一瞥(いちべつ)して、気まずそうに視線を外した。それからため息を付き、ゆっくりと口を開く。 「………先週、コクられた」 「何でその時言わないのさ」 「お前のテスト期間で会えなかっただろーが。それに断ったし。別にいいだろ」 「………断ったなら、よし」 「何が"よし"だ」 「いやさぁ。あ、真面目な話なんだけど―――」  千草は一度そこで言葉を切り、司から顔を背けた。真顔だったらしい自分の顔面を引っ張り、いつもの調子を戻す。やっぱり恋愛は苦手だ。  司から「何で自分の顔引っ張ってんだ」と言われたが、とりあえず無視して話を続けることにした。 「―――司に恋人できたら、気軽に会えないかなぁ。………とか、思ったり、してみたり」 「………逆に、お前はどうなんだよ」  はぐらかしたな、と千草は思う。司は、司の恋人の話から千草の話に変えた。千草としては、本当に真面目な話のつもりだったのだが。彼はなぜ、はぐらかしたのだろう。好きな人でもいるのだろうか。  でも、聞けない。このはぐらかし方は、人を、千草を寄せ付けないやり方だ。ずっと一緒にいるから、長い時間を共有してきたから、わかってしまう。司から、これ以上来るなと言われたのだ。  スッと、何の音もなく司が離れたように思えた。けれどもちろん錯覚で、手を伸ばせば届く距離に彼は座っている。 (まぁ、あんまり関係ないけどね)  錯覚であろうと、あまり関係ない。一度意識してしまったことは記憶から消せないし、心は滅多に安堵を渡してくれない。  自分の心は、自分に一番意地悪だ。 「私に浮いた話はないよ。好きな人もいない。女子高だし」  平然を装ってそう答えた。  司は何も言い返してこない。  ただ、彼から視線を感じる。千草はその視線に気付いてないふりをして、天井を眺めていた。人は自分にないものを望むらしい。天井には、千草の好きな幾何学模様がデザインされていた。 「人付き合いが上手い奴と下手な奴って、何が違うと思う?」  司から、そんな質問が飛んできた。  質問の意図も答えもわからなかったので、何も言わずに次の言葉を待った。 「人付き合いが上手い奴って、嘘が得意なんだよ。優しい嘘とか、利己的な嘘とか、そういうの全部。人付き合い下手な奴ってのは嘘も下手クソだ」 「へぇ。まぁ、真を突いてる気もする」  千草は、感じたことを素直に言葉にする。  司は「ははっ」と乾いた笑いを漏らしてから、こう口にした。 「俺は、今のお前を見て、そう思ったんだけどな」 「あっはは。あんた意地悪だよ」  司は「まぁ、そうかもな」と言って、また乾いた笑い声を出した。     ・  北二の文化祭当日。千草は友人二人と駅で待ち合わせてから、北二に向かった。  到着したのは十時過ぎくらいで、その時にはすでに多くの人が北二に来校しており―――千草と同い年の高校生や、高校の見学ついでに遊びに来た中学生、懐かしむ声を出す大学生らしき人、家族連れもチラホラ見受けられた。もちろんそれに加えて、自分の模擬店を宣伝する北二の生徒もいる。 「まずいわぁ、これ………」  そんな盛り上がる校内で、千草は一人だった。友人二人とはぐれたのだ。  はぐれた理由は下らない。屋上が施錠されてなかったら屋上に出れるんじゃないか―――と突拍子もなく考えてしまった千草が、階段をさっさと駆け上がったのが原因だ。 (屋上って気になるじゃんかぁ。私の高校行けないしぃ………)  と心の中で言い訳しつつ、首を左右に振りながら廊下を進む。他校に来るのはこれが初めてだ。アウェイな感じがして心細い。  とりあえず友人二人と一緒にいた場所まで戻ってみたが、案の定いなかった。あっちもあっちで、移動しながら千草を探しているのだろう。  ―――カシャ。  唐突にシャッターを切る音がした。文化祭だし写真を撮る人もいるだろうと思ったが、何となく気になった。千草は、音がした方向に視線だけを向ける。 「あ」  そこには、司がいた。彼の手にある携帯端末は、明らかに千草へ向いている。 「なに撮ってんのさ」 「一人ぼっちだから、撮ってやろうと思ってな」 「意地悪。つーか、あんたも一人じゃん」 「今はお前と二人だろ」  司はそんな屁理屈を言ってから、携帯端末をポケットにしまった。  二人のいる場所は廊下の真ん中だったので、どちらからともなく隅っこに移動する。 「どうせはぐれたんだろ。お前が原因で」 「正解。けどもう反省したから、イジらないで」 「まぁ、適当に歩いてりゃ見つかんだろ。友達、何人?」 「二人。二人とも黒髪、一人は眼鏡。あと、身長は平均くらいかな」 「なんだその抽象的な情報は」 「あっちもキョロキョロしてるだろうし」 「まぁな」  それから、とりあえず一階から探すことになり、千草は司の案内を受けながら歩いていた。  司は、北二の生徒らしき人に何度か話しかけられていた。小学校、中学校の頃にはあまり見なかった光景だ。話しかけてくる人には、司と親しそうな人もいれば、女子生徒もいる。千草と二人きりなせいで茶化されもしたが、しつこくはなかった。  千草の学校でもそうだが、高校生になった途端、身の回りの人たちが大人になった気がする。中学生の頃にも司との仲を噂されたことがあったが、もっと面倒くさかった記憶がある。 (司、私の知らないトモダチがいるんだなぁ………)  当たり前だけど。  でも、今まではいなかった。 「ねぇ、司」 「あ? てかお前、さっきから探してねぇだろ」 「クラスの模擬店とかいいの。当番あんでしょ」 「正午から。まだ余裕」  千草は、チラリと時計を見た。十一時過ぎを指している。  余裕ではないが、そこら辺を問い詰めるほど―――千草は、面倒な性格ではない。 「私と変な噂立ったらまずい?」 「別に」 「じゃあさ。次会った人に、私のこと彼女って紹介してよ」 「はぁ?」  まぁ、当然の反応だと思う。おかしなことを言っているのは、間違いなく千草の方だ。なぜこんなことを言ってしまったのか、自分でも理解している。男女関係なく、司と仲良くしている人たちへの嫉妬だ。  千草の方が司のことを知ってる。それなのに、知らない人が司と仲良く話している。それが気に食わなかった。  この世に、自分より性格の悪い人間はいない。何かに嫉妬するとき、いつもそう思う。 「まぁ、いいけど。お前が良いなら」  そう言うと思った。  司は優しいから、人のことをあまり拒まない。 「じゃあ、決まり。よろしく」 「何の遊びだ、これ」  という司の呆れ声には、聞こえてないふりをした。  しかし、幸か不幸か―――司の友人に会う前に、千草の友人二人と再会することができた。会えたのは嬉しいが、司の彼女と言うポジションを疑似体験できなかったのは残念だ。 「会えてよかった」 「千草、泣いてるんじゃないかって話してたとこだわ」  と、二人の友人が言う。 「私、そんな泣き虫じゃないしぃ」  確かにちょっと寂しかったけど、と千草は心の中で言葉を付け足す。 「ま、だろうね。んで、そっちの男は? 北二の人だよね?」  友人の一人が言った。  千草が何かを言う前に、司が答える。 「千草の彼氏」  何を言ってるんだこの男、と思ったが―――そう言わせるよう仕向けたのが自分だと気付いたので、とりあえず黙ることにした。千草としては『司の知り合いに、千草を彼女と紹介』してほしかったのだが、思い返せば―――自分は、次知り合いに会ったら、と言っていた気がする。  ちょっぴり、後悔。 「んだよ~。いるなら言ってくれよ~」  などと言う友人たちを、千草は適当にかわした。  司が相手と言えど『彼氏のふりをしてほしい』なんて頼みは滅多にできないので、無駄にしてしまった感が否めない。司も、何でこいつ俺に嘘付かせたんだ、とか思っているのだろう。申し訳なさ過ぎて彼の方を見れない。 「千草彼氏といるなら、ウチらお邪魔?」 「いや」司が答える。「そろそろ模擬店の当番だから、俺」  正午までもう少しあるが、司は空気を読んでそう答えたのだろう。  念のために司のクラスだけ聞いて、彼とは別れた。  彼の背中が人混みに紛れる。彼はまた、私の知らない人と話すのだろう。私の知らないところで笑って、悲しんで、それを誰かと共感するのだ。  司の好きな食べ物、やってた習い事、表情の読み取り方、嘘を付く時の細かい癖、最近の寝る時間、安いシャーペンにこだわる理由、爪と髪の伸びが早くて悩んでる―――とか、全部知ってる。でもこれからは、私の知らない彼が増えていくのだろう。  きっといつか、それが当たり前になる。  そしていつの日か、私より彼を知る人が出てくるのだ。  当然のことだ。どう頑張ったって、私たちはただの兄妹なのだから。     ・  同日、夜。 「よぉ」  相変わらずの気怠い声と共に、司は現れた。そして、ベンチに座る千草の横に腰を下ろす。 「覚えてる? ここ」  挨拶もなしに、千草は質問した。  ここは小さな公園だ。滑り台とベンチだけの公園で、昼間ですら人が少ない。今は、千草と司以外に誰もいなかった。一つの街灯が二人を照らしている。 「………お前と来たことがあったような、気もする」  まぁそのくらいの記憶しか残ってないだろう、と千草は思った。ここは、二人の家から近いわけじゃない。遠くもないが、子供の頃は別の公園で遊んでいた。  でも一度だけ、司とこの公園に来たことがある。 「中二の頃さ、私が母親と喧嘩して、司が父親と喧嘩してさ。それぞれの家で、同じ日に」  そこまで言うと、司は思い出したのか「あぁ」と腑抜けた声を出した。 「その時にお互い家出て、たまたまこの公園に来て、たまたま会ったってやつ」 「あったな、そんなこと。んで、今回はお前の呼び出しっつーわけか」 「悪いね、急で」 「知ってっか? 学校の行事の後ってな、打ち上げとかあんだわ。それなのに七時に呼び出しっつーのはな」 「まじ? それは本当にごめん」  文化祭の打ち上げがあったのは初耳だ。 『今から来れる?』 『おん』  という淡白な連絡だけで呼び出してしまったのがまずかっただろうか。  大体、打ち上げよりもこちらを優先する司もおかしい―――というのは、まぁ、暴論なのだが。そう言ってしまいたい気持ちもある。 「嘘だよ。打ち上げは来週」 「どんな嘘さ、それ」千草は怒ったふりをしてから、でも、と言葉を続ける。「司って、そういうところあるよねぇ」 「嘘つきってか?」 「そっちじゃなくて。誘ったら基本オーケーなとこ。小中のときとか、いつも私と遊んでくれてたじゃん」 「ダチがいなかったからな。お互いに」 「私知ってんだ。あんたがクラスメイトからの誘いとか断ってたの。あれって私のため?」 「………まぁ」  司はそこで言葉を止めた。  次の言葉を悩んでいるように見えた。 「あれだ。たった数回の話だろ。乗り気じゃなかったんだ、俺も。多分」 「あっそ。ま、そのせいで私、ずっとあんたと一緒にいたわけよ」 「はいはい、悪かったな」  司は、いつも以上に気怠そうな声で言った。  ミスったな、と千草は思う。ちょっと()()を間違えた。 「ごめん。今のなし」 「はぁ? 今のってどれだ」 「司、一回黙って。今、その……、大事な場面だから」  千草は司の言葉を遮り、彼の手を握った。そこで、自分の手が震えてることに気付いた。  彼とは長らく一緒にいるが、お互いの肌に触れ合う機会は少なかった。そのせいか司もすぐに黙って、千草の手を握り返してくれた。 「私らさ、ほんとにずっと一緒じゃん?」 「そうだな」 「私さ、友達いなかったけど、一人が嫌いなんだ。本当は。普通に寂しいし」 「………知ってるよ。そんくらい」 「ははっ、さすが」  思わず頬が緩んだ。  司と目を見合う。気恥ずかしくて、一瞬だけ目を逸らす。そして、また合わせた。やっぱり恥ずかしい。でも、今度は逸らさなかった。 「あの、それで、………一人、嫌いだからさ、一人のときの思い出とかも嫌いなわけ」  握った手が、握られた手が、ムズムズとかゆい。  心臓の音が、耳の裏に響く。 「だから、楽しい思い出は全部、本当にぜーんぶ、あんたとの記憶なんだよ」  目の奥が熱い。ちゃんとした文脈で言えてるだろうか。そんなことすら、うまく考えられなかった。  でも、ここが大事な場面だと決めたのは確かだ。 「わたしの記憶、司とのことでいっぱいなんだよ。もう、好きになるしかないじゃん」  より強く、彼の手を握る。  今度は、彼は握り返してくれなかった。 「わたし、ほんとに大好きなんだ。あんたのこと」 「………千草」  司は表情を変えなかった。それでも、驚いているのが声色でわかった。  驚いているということは、千草のことなんて眼中になかったということだ。そんなことは、最初からわかっていた。けれども、どうしようもなく泣きたかった。  司の胸に、顔をうずめる。  泣くなんて卑怯だ。だから、彼には泣き顔を見られたくなかった。 「好きって気持ちしか、ないの。わたしっ、その………、わたしから、あんたには、好きって気持ちしか、伝えられないの。だから、だから―――」  泣くのを我慢するだけ、嗚咽が漏れた。  彼はどんな顔をしてるだろうか。優しいから、申し訳なさそうな顔をしてるに違いない。  彼のそんな顔は見たくない。  千草は彼から手を放し、強く抱きしめた。 「―――だからっ、ちゃんと………、ちゃんと伝えたよ」  抱きしめる腕に力を込める。  こうすれば、彼の顔は見えない。それに、自分の泣き顔も見せずに済む。 「………千草、わかってるだろ。俺らは」 「言わないで………っ」  言わないで、ともう一度だけ言葉を絞り出した。  これからのことはわからない。  でも、今だけなら、司のことを一番知っているのは自分だ。  だから、何も言わせたくなかった。  ――――好きになってごめんなさい。  司に何も言わせないために、そう言った。  彼は今、どんな顔をしているだろうか。いつも通り、ぶきっちょ面をしているだろうか。 『ぶきっちょ面だな、相変わらず。一卵性じゃなくて良かったよ』 『いっそ双子じゃなけりゃ、俺はお前みたいに性格悪くなくて済んだのにな』  いつかの言い合いを思い出した。  この時、言い返そうと思って、直前で飲み込んだ言葉があった。  ―――じゃあさ。いっそ兄妹じゃなければ、好きになって良かったのかな?  普通の恋愛、できたのかな。   ~Fin~
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