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その時、雨音に混じって、カタンぴしゃんカタンぴしゃん、カタンぴしゃしゃんと、下駄の音が近づいて参りました。その男は、黒いトンビを羽織って、真っ黒な蝙蝠傘を差して居りました。咲き始めたばかりのふくふくとした蕾の前で立ち止まると、少しかがんでその蕾に手を添えました。
「まるで、息づく愛の形だ」
男は云いました。両の手で滴に温んだ蕾を包み込んで、暫し見つめて居りましたが、ゆっくりと首を振って、そしてじっとうなだれました。
ああ、寒い なんて寒いのだ
この目の前に在る完璧なる美でさえも
我が手に握りしめやしない
愛とは何だろう
正しくこの眼前の美の中に
侵入出来たなら もしかして
この手に出来るのだろうか 真実の愛愛を
男は握り締めて仕舞いそうな手のひらを、ぐっと堪えながら、微かに震えて居りました。
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