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お二人様の過ごし方-vol.1-
「メリークリスマス!」
玄関を開けたら、そこにはサンタクロースがいました。
……なんていうファンタジックなことはなく。
12月24日の骨の芯まで凍えそうな、そんな冷たい風が吹き荒ぶ真夜中にやってきた人物は、脳天気にクラッカーを鳴らし満面の笑みで立っていた。
それもバラエティーコーナーに売っているサンタクロースのコスプレ衣装を身に纏い、裾の長さが足りないのか、手足ともに七分か八分丈である。
こんな真夜中に、一人暮らしの女子大生の家に——それもちんちくりんな服を着てわたしの目の前に現れた人物は、変質者ということで通報しても何ら問題ないだろう。何もなかったように玄関のドアを閉めようとすると、慌ててドアに手を掛け閉めるのを阻止しようとする。
——このまま指でも挟んでしまおうか。
わたしの考えを余所に、そいつは「閉めないで」とか「俺だよ俺」とか「見捨てないで」とか、情けない声を上げるばかりだ。
「真夜中なんで静かにしていただけませんか?」
ご近所迷惑になるからとドアの隙間から諫めるも全く効果がない。ガタガタと玄関のドアを揺らし「寒い寒い」と喚き始めた。より状況は悪化していくばかりだ。
わたしは息を吐いて、招いていない客人を家に入れることにした。
これが自分の彼氏だと思うと余計に泣けてくる。
いそいそと上がり込み、背中に担いでいた大きな白い袋をどすりと下ろし、電気ストーブの前に背を丸めて小さくなり熱を吸収していた。カチカチと歯を鳴らし、身体を震わせる姿は情けなくて、見ているこちらが恥ずかしくなる。
玄関の鍵をかけ、横目でその光景を眺めつつキッチンへと歩みを進める。
「まさかとは思うけど、その格好で来たの?」
「おう、特にちびっこたちが『あ、サンタさん!』て指差れたよ!」
やっぱりバイクは風を切って寒かったけどね、とどこか誇らしげに話す。
この冬の真夜中にその格好であの大きな袋を担ぎバイクに乗って来た姿を思い浮かべる。
「1つ、いい?」
「なに?」
「そこまでバカだったとは思わなかったわ」
「お前失礼にも程があるぞ」
「じゃあコーヒーもいらないのね」
「いります!」
そんなバカにコーヒーを差し出しながら出るのはため息ばかりだ。コトリと置いたカップからはゆらゆらと湯気が上がり、ブラックコーヒーの香りが部屋に充満する。
わたしはコーヒーを飲まない。彼のためだけに置かれた、彼の備品の1つだったりする。
そして気づくのだ。いくら彼がバカでマヌケで情けなくても、彼はわたしの生活にとけ込んでしまった一部なのだと。
「失敗したかな」
「なにが」
「イロイロ」
座椅子の背もたれをギシギシと鳴らしながら、至極幸せそうにコーヒーを飲む彼を見つめる。青ざめていた唇も少しずつ赤みが差してきた。
「それにしても、なに、どうしてそんな格好なの」
「えーわかんない?」
「……わかるけど、わかりたくないかも」
彼はコーヒーを飲み終えたのか「ご馳走様でした」と律儀に手を合わせた。
「コーヒーおかわりは?」
「あ、貰う」
わたしは腰を上げ、彼が飲み干したコーヒーのカップを持ち台所へ向かう。ひんやりとした台所の空気に身震いしながら、こぽこぽと音を立てて注がれるコーヒーを見つめた。
「ねえ、その格好で恥ずかしくなかったの?」
台所から声を掛けると「何が恥ずかしいんだ?」と不思議そうな声が聞こえてきた。
まあ、恥ずかしくないから着ていたんだろうけれど。わたしの無反応に気付いたのか、彼は可哀想にと、哀れみの視線を向ける。
「お前にはもう夢もロマンもないんだな」
「ロマンとその格好とは関係あるの?」
「あるさ」
「へえ?」
わたしはまるで気のない返事をして、左手にはコーヒーを、右手には自分用の紅茶のカップを持ち彼のいる場所へと戻る。
「はい」
「あ、どうも」
テーブルに置いたカップに頭を下げ一口すすり、わたしも座椅子に腰掛けて、砂糖とミルクをたっぷり入れたミルクティをちびりちびりと飲む。
ゆったりと流れる時間に飲み込まれそうになるのを耐えて、彼に続きを促す。
「それで、夢とロマンがないとダメなの?」
「そうさ。夢とロマンがないとね、人生楽しくないと思うんだよ」
「ふん?」
首を傾げると、彼はにんまりと笑って腰を上げ、あの白い袋を手に持って戻ってきた。そして改まってわたしの前に座り、まっすぐに見つめてくる。
「こんな夜中に来ても家に入れてくれてお前は飲まないコーヒーも置いといてくれて、俺の彼女でいてくれる」
まくし立てるように一気に話した彼に驚き瞬きを繰り返す。呆けるわたしを余所に、彼は大きな白い袋から取り出したものを差し出した。
「メリークリスマス。俺サンタが夢とロマンを運んできました」
ぼすんと渡されたもの、それはそれは大きなテディベアだった。抱いているのか抱き締められているのかわからない、それくらい大きなものだった。いつぞやのデートで「こんなの貰ったらロマンかも」と言ったことを思い出してしまった。
むずがゆい気持ちを隠すようにテディベアに顔を埋める。たまにこういうところがあるから嫌いになれない。
「……こんなのあったら部屋埋まっちゃうんだけど」
「お前はやっぱりロマンがない」
はあ、と息を吐きつつ、けれど声色は優しく愛おしさがこもっていた。わたしはそう感じ取る。おずおずと顔を上げて、自分でもわかるくらい顔を赤くしてはにかんだ笑みを見せる。
「ありがと。すごく嬉しい」
「わかってるよ」
カラカラと声を上げて笑う彼は、すっと伸ばした腕をわたしの身体に回して抱きしめる。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
深夜1時過ぎにやってきたサンタクロースは、バカでマヌケではた迷惑な、けれど温かく涙が出そうなほど愛がこもったプレゼントを持ってやってきた、愛おしい人だった。
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