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お二人様の過ごし方-vol.2
会社を定時より1時間ほど遅く出て、駅までの道をぼんやりと歩く。吐き出される息は白く、澄んだ12月の夜空にはオリオン座とカシオペアが輝いていた。
「……さむ」
肌に突き刺さるような寒さであるけれど、先日買った耳当てとマフラーがこの寒さから身を守ってくれている。イヤフォンから流れる音楽を口ずさみながら、ふと左手側にある幹線道路に目を向けた。
「……サンタ?」
自然と漏れた言葉の通り、幹線道路をサンタクロースがバイクに乗り、後ろには大きな白い袋をくくりつけて走り過ぎて行く。幻かと思ったが、わたしの前を歩いていた女子高生たちも気付いたようで、きゃあきゃあと声を上げていた。
「そっか、今日クリスマスイブだっけ」
現代版サンタクロースを眺めながら、1人呟いた言葉に自嘲的な笑みを浮かべる。
クリスマスイブに残業して、且つ今日がクリスマスイブだということを忘れていたなんて、彼氏がいる身でありながらこんなことでいいのだろうかと自問自答する。今日も明日も会う予定がないにしても、たとえ中距離恋愛であろうとも、忘れてはいけない日だよなあ、と反省の念に駆られた。
大学を卒業後、彼は地元に戻り中距離恋愛が始まった。学生時代のようにいつでも会えるわけではないから、それぞれが会える時間を大切にしてきたように思う。
もちろんイベントごとは大事であるけれど、それよりも会って一緒にいられる時間を大事にしているので、会えることとイベントごとはイコールだと思う。
——とまあ、忘れていた言い訳をさせてもらえれば、こんな理由である。けれど、忘れていたからといってプレゼントを用意し忘れたわけではない。先日、ちゃんと悩みながらも選んで用意はしてあるのだ。ただ、渡す日にちは全くの未定ではあるが。今年中に渡せるか、もしくは年明けか。
そう思うと、あのサンタクロースの格好をしてバイクに乗っていた人は、これから彼女に会いに行くんだろう。あの、大きな白い袋の物をプレゼントとして。
道行く恋人たちの手を繋ぎ歩く姿が目に入る。きっと電車内にも幸せそうに笑う人たちがいることだろう。
街のイルミネーションやどこからともなく聞こえてくるクリスマスソング。今日がクリスマスイブだということをありありと魅せていた。その中を一人歩くわたしは、少しだけ、ほんの少しだけこの時を楽しむ人たちを羨ましいと思った。
*
「ただいま」
「おかえりー」
どっと疲れた身体をなんとか前進させ、リビングのドアを開ける。
「……あったかい」
「外寒かったでしょう」
台所に立つ母親がひょっこりと顔を出す。用済みとなった耳当てとマフラー、コートを脱いでごろりと横になる。エアコンの温かな空気と夕飯のおかずのにおいと、じゃれてくる愛犬に癒される。
身体全体の力が抜けゆるゆると落ちかける瞼に、もちろん逆らう理由などない。ごろりと寝返りをうつと、そう言えば、と母親が声をかける。
「荷物届いてたわよ」
「荷物? わたしに?」
「そう、荷物」
重く閉じた瞼を持ち上げてぐぐっと身体を起こす。洋服が濡れて水を吸ったように身体に纏わりついて離れない。そんなけだるさと重さが身体にのし掛かる。
「荷物どこ?」
「階段のところ」
ふらふらと立ち上がって階段の1段目を見てみると、そこには確かに宅配便の袋が1つ置いてあった。
ネット注文もしていないから、数ヶ月前に送った懸賞でも当たったんだろうか。宛名の欄を確認すると、しばらくその宛名を眺めて袋をくるくると回転させる。そして改めて送り主の名前を目で追って固まった。
送り主の欄には、それは紛れもなく、見間違うことのない彼の名前が書かれていた。わたしはその場に固まり、ただただその紙袋を見つめていた。昨日も電話したが、荷物のことなど一言も言っていなかった。言い忘れるわけがないので、これは内緒でわたしに届けられた荷物になる。
そして今日はクリスマスイブ。
わたしは階段をかけ上り自分の部屋へと駆け込んだ。ひんやりとした空気が、先ほどまでの眠気と火照った頬をさましてくれる。掌がいやに汗ばんでいるし、心臓はばくばくと音を立て耳鳴りのように響く。
深呼吸をして袋を開封していくと、掌サイズの箱が現れた。丁寧に美しく結ばれたリボンを解いてゆっくりと箱を開けると、その中にはキラキラと光るブレスレットがあった。
「ちくしょう」
悔しい。やられた。これは反則じゃないのか。
悪態をつかないと悔しさと恥ずかしさと嬉しさと、全てが入り交じって泣いてしまうかもしれない。すでに喉がひりひりと痛みだした。
「どうしてこうクサいことが出来るかな」
苦笑いしかできないわたしは、時計を見て時刻を確認する。多分、電話を待っているだろう。
そしてわざとらしく何も知らないかのように出て、わたしに言葉を促すのだ。「なんで電話してきたの?」と。敢えて無視することもできるが、多分それは正解じゃない。今日という日を楽しむなら、答えは1つだ。
それでもやっぱり、悶々とした悔しさが残るのは仕方のないことなんだろう。
わたしはスマホを取り出し履歴の先頭にある電話番号へと発信した。数回続いたコールはぷつりと切れて、ざわざわと音が聞こえてくる。わたしは静かに息を吸い、何もないかのように言葉を紡ぐ。
「もしもし、お疲れ様」
少し距離が縮まった、電話越しのクリスマスイブ。
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