お一人様の過ごし方

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お一人様の過ごし方

 週の折り返しの木曜日。休日でもなんでもない、平日の木曜日だ。ただ、今日に限って普通の平日ではないようで——。  わたしは吊革に掴まりながら、目の前の座席に座る若者たちにちらりちらりと視線を向けた。  網棚の上や足の間に置かれたアミューズメントパークの買い物袋、そして肩を寄り添い指を絡めて眠る姿を見て小さくため息をついた。視線を横に向けると、ちらほらと同じ買い物袋を持ち、楽しそうに会話をするカップル達が目に入る。  今日は平日の木曜日。けれど、暦は12月24日、クリスマスイブ——恋人たちにとっては特別な日なんだろう。  ただ、わたしにとってはいつもと変わらない木曜日である。年の瀬も迫っているので、多少の忙しさはあるものの変わり映えのない毎日が続いている。  幸せそうに笑う彼らを見ていると若かりし頃の自分を思い出す。学生時代は毎日が自由時間で、好きなときに好きなことを好きなだけしていた。この恋人たちのようにイベントごとを楽しみ、笑い、甘い時間を過ごしていたことを思い出す。  そして今、社会人となったわたしはと言うと、ここしばらく自由気ままなお一人様生活を送っている。  たしかに、こういったイベントごとの時は、ほんの少しだけ、やるせない気持ちにもなりますが。  だからと言ってすぐに彼氏が出来るわけでもないし——欲しいとも思っていないので——わたしは小さく息を吐き、どこか吹っ切れたような気持ちで車窓から見える景色を眺めた。  輝くネオンが眩しくて目に滲みる。  するとスマホがブルブルと揺れ、メッセージの受信を知らせる。カバンから取り出したスマホのディスプレイには大学時代の友人の名前が表示されていて、なんとなくではあったけれどメッセージの内容に予想がついた。気付かない振りも出来たが、わたしはゆっくりとメッセージを開き目を通した。 『独り身の皆様、今宵はいかがお過ごしでしょうか? 仕事に打ち込む人、用事があるように見せかけて帰る人、一人出かける人と様々なことと思います。 そんな寂しい思いをしている皆様に少しでも楽しんで頂こうと思いまして、只今慰労会を開催しております。今のところ主催者含め四人もの方が参加しております。皆様暇人です。寂しい限りです。 心の隙間をみんなで埋めようでありませんか。皆様の参加を心よりお待ち申し上げます。また、行き違いで彼氏彼女が出来てしまった方には大変申し訳なく、また羨ましく思います。 場所は……』  電車の中で読むメールではなかった。笑いを必死に堪えている自分の表情を想像して恥ずかしくなる。いくら笑いを堪えていても、にやけて怪しい人になっていたことだろう。  そんなお誘いメッセージに、不本意ながらも参加の意思を表明し送信する。おそらく頭数にわたしは含まれているはず。  だってこの会の参加はこれで3回目だから。  わたしはこの会の常連となりつつあり——すでに常連かもしれないけれど——危機感は少なからずあるものの、なぜか心は満たされている。  お一人様の仲間がいることで安心感があるのか、それとも一緒に過ごせる仲間がいるからなのか。  この安穏としたぬるま湯に浸かりながら、わたしはもう一度目の前に座る恋人たちの姿と、それぞれの指に光る指輪を眺める。  ここしばらく、わたしの指には嵌められていないもの。自分の指と見比べて思う。ひがみでもなく憧れでもなく羨ましいわけでもない。ただなんとなく、今はその繋がりよりも目には見えない友情が大事だと思った。  でも……やっぱりこれは嫉妬かしら。  口元に笑みを浮かべ、わたしは友人からの温かくも切ないメッセージの返信を待つことにした。
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