Bombey Sapphire

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Bombey Sapphire

高円寺の片隅で小さなバーを経営している知人から聞いた話だ。 その日はいやに客入りが渋い日だったからよく覚えているらしい。 髪で顔を半分隠したような見慣れない客が カウンターに座るなりジンを頼んだそうだ。 バーテンダーをしていた知人がロックグラスを差し出すと その男はグラスに一つ口をつけてから 誰に言うでもなく話し出した。 「(あお)と出逢ったのは カンディンスキーの絵画展での事だった その存在に気が付いたのは 不思議な香りに引き寄せられたからだ 今まで嗅いだどの香水とも違う 幾重にも練り込まれた薬草のようだった その香りに誘われた先には フーガの絵の前で佇んでいる 碧がいた 碧の容姿は 創造的な構成のカンディンスキーに 負けない魅力を持っていた 目の上で一直線に切り揃えられた黒髪のボブ 耳元に輝くパール、漆黒のドレス 小さなブラックのバッグに着けられていたのは ミニチュアサイズのジンのストラップ 洗練されたセンスを感じさせる佇まいだった。 しかし、そのどれよりも アルプスのように碧く澄んだ ガラスの瞳が 不思議な存在感を放っていた」
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