元彼が婚約したのは親友でした。

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 婚約披露パーティーをするからぜひ来てね。  という招待状をもらった私、アリア。招待してくれたのは、学園時代からの親友・イヴ。親友の婚約は嬉しいから、きちんとお祝いしよう。必ず出席するわ、おめでとう。という言葉と共にメッセージカードを送る。イヴは男爵令嬢……つまり、お貴族様なのだけど。高飛車なところなどなくて。ただ勉強が出来るだけの平民の私を親友だと認めてくれた稀有な令嬢だった。  彼女のお屋敷にも2〜3回お邪魔させてもらったわ。やっぱり貴族だから美味しい紅茶とクッキーを食べさせてもらいながらお喋りをしたのは、学園時代の思い出の一つだった。  そんな事を思いながら来たる婚約披露パーティーの日を指折り数えて待つ。久しぶりの楽しい出来事に、私の心は浮き足立っていた。だから。その後パーティーで知った事実は、殊更ショックだったかもしれない。  パーティー当日、早めに行けば、学園時代の友人が何人も居て再会を喜び合った。ちょっとしたクラス会みたい。そういえば、私はイヴのお相手を知らないから、皆に尋ねてみた。 「ねぇ。イヴの婚約者って誰なの?」  私の質問に皆の笑顔が凍りついた。えっ? なんで? 「アリア、知らない、の?」 「ええ。母の事があってからイヴから連絡があったのが久しぶりだったの」 「ああ……」  母の事。そういえば、皆は頷いて。それから気まずいという顔を見せる。だから何故? 「おいっ! アリアさん!」  皆の顔が不思議で首を捻ったところで、後ろから肩をグイッと引っ張られて、その強さに痛みを覚えながら振り返る。 「あら。ケントさん? 久しぶりね」  そこには元彼であるマキリーの親友・ケントが立っていた。なんだか怒っているようにも見える。 「久しぶり、じゃないよ! 君、どういうつもりだよ! 今更マキリーと寄りを戻そうとしたって遅いぞ!」 「……なんの話?」  ケントの怒り具合が分からなくて首を捻る。マキリーと寄りを戻そう、と言われても。彼とは自然消滅になってしまっていた。話し合う事も出来なかったのは残念だったが、彼と別れて1年。彼の事は思い出になっている。 「だから! イヴとマキリーの婚約披露パーティーに乗り込んで来て、どういうつもりだって言っているんだ!」  大きく怒鳴られて、私は驚いた。 「イヴの相手ってマキリーだったの?」  ケントだけじゃなく周囲にも尋ねるように顔を見回すと、皆が気まずそうに頷いた。……ああ、だから私が知らない事に気まずそうだったのね。 「ケントさん。私、今、初めてイヴの相手が誰だか知ったのよ。イヴから招待状をもらっただけだったの。マキリーと自然消滅でお別れになったのは辛かったけれど、別に彼を取り戻そうとして来たわけじゃないのよ。さすがに私も気まずくて知っていたら来なかったわ」  私は困ったようにケントに微笑む。だがケントは疑わしそうな顔のまま。 「本当か? あれだけマキリーを傷つけておいて、ノコノコ現れたんだ。寄りを戻そうとしているんじゃないのか?」 「それこそ、なんの話? マキリーを傷つけた? 私が?」  ケントの怒り具合にマキリーを傷付けた、なんて意味の分からない発言に顔を顰めた。 「何をしらばっくれて! 3年前のあの日、なんでアイツが待っていたのに連絡も無しに約束をすっぽかした!」 「ちょっと待って! 本当になんの話? 3年前のあの日ってなんのこと? 約束ってなに?」 「はぁ⁉︎ この期に及んで及んで知らないフリなんてっ。君とマキリーが付き合った日に、告白した場所で待ち合わせたんだろうが!」  私は愕然とした。本当に何の話をしているのだろう。 「それは無理よ……」  私は弱々しい声でケントに反論した。 「だから理由も無しにっ!」 「理由はマキリーに直接話したわよ!」 「そんなバカな! マキリーは待ちぼうけていたんだぞ! そうだろう? マキリー」  ケントの視線を追えば、3年ぶりに会うマキリーと、その彼に寄り添うイヴがいた。マキリーは痛みを堪えているような表情でケントの言葉に同意する。 「ああ。俺は待ち続けていた」 「ほら! この嘘つき女め!」 「やめて! ケント! アリアは悪くないの。きっと連絡を忘れただけよ! それより、私とマキリーの婚約披露なのよ? 祝って」  イヴが無理やり空気をなんとかしようと言ったけど。私は何がなんだか分からないでケントとマキリーに責められて、祝う気持ちになれなかった。 「おめでとう、イヴ。マキリー。お幸せに」  ようやくそれだけ言って私は立ち去った。会場を出て、ぼんやりと歩き出せば「待てよ」とまた肩を強く掴まれる。ケントだ。 「まだ何か」 「最低な女だな! 仮にも親友の祝いにそんな暗い顔なんて呪いみたいだろうが! 会場戻って笑って祝えよ! それが最低なお前に出来る、マキリーへの償いだ!」  私は、ケントの独善的な言葉に苛ついた。 「ふざけないで! 何も知らないくせに! 3年前、私とマキリーが付き合い始めたあの日の5日前に母が倒れたのよ! その事をマキリーに話したわ! 直ぐに母の入院先へ行かないといけなくて、マキリーには後から手紙を書いた! さっきの会場にいた皆が、イヴが、知っていることよ! あなたは学園が同じでも私と仲良くなかったから知らなかったかもしれないけど、記念日どころじゃなかったわ! マキリーには申し訳ないけれど付き合い始めたあの日に会えないって手紙も書いた。それなのに、何故責められるの⁉︎」 「えっ? 嘘だろ?」 「嘘をつく必要がどこにあるのよ! あの会場にいた友人達は知っているから戻って聞いてみればいいでしょう!」 「ま、マキリーはそんな手紙なんて知らないと思うぞ?」 「は? ……じゃあ届かなかったのかしら。メッセンジャーボーイに頼んだのだけど」 「そうか……。知らない事とは言え、言い過ぎた」 「いいわ。もう終わったことよ」 「その、母親は?」 「死んだわ。イヴも、さっきの友人達も葬儀に来てくれた。1年前のことよ」 「それは……」 「私も悪かったの。マキリーに何度も手紙を出したのに返事が来ないのは、私が大変だから敢えて返事がないのね。って思っていたから。マキリーなら返事をくれるって思っていたかったんだわ。母を失うかもしれないって怖くて、マキリーに怖いって手紙も書いたのだけど。結局その手紙の返事も来なかった。きっとマキリーもどう返事をしていいのか分からなかったのね」 「えっ?」 「なに?」 「い、いや。その。……言い過ぎた。悪かったな」 「もう、いいわ。マキリーとイヴに伝えてくれる? お幸せにって。それじゃ、サヨナラ」  私はもうケントと話したくなくて、そこで分かれた。辻馬車に乗り込んでぼんやりとマキリーとの恋人だった日々を思い出す。……もう、終わったこと。バカね私ってば。  それでも、彼を好きだったのは確かで。今日、ようやく彼との恋が終わったのかもしれない、と思えた。  その日の夜。私は静かに涙を流した。マキリーとの恋を惜しむ……いえ葬るための涙だったのかもしれない。母1人子1人だった私は、母を失ったショックから立ち直れず、マキリーに側に居て欲しいと思ったけれど。マキリーも居なくて。寂しくて寂しくて胸が痛かった。  でも。その代わりじゃないけれど。イヴを始め、友人達が居てくれたから。なんとか今日まで頑張って来られた。今日くらい、失くした恋を葬るために泣いても良いわよね。そう思いながら、喪失感に胸が締め付けられて拭うのも追いつかない程、泣き続けた。そうして私は恋を一つ終わらせた、というのに。 「呼び出して済まない」  何故かケントから呼び出しの手紙をもらい、どうしても来て欲しいと懇願された文章に渋々その場に赴けば、ケントとイヴとマキリーと、イヴの婚約披露パーティーにも来ていた友人2人が待っていた。……どういうこと? 「なに、これ」 「アリア。話したいことがある」  深く柔らかい声音でマキリーに呼ばれる。私が大好きだった彼の声。この声に呼ばれると幸せだった。 「なに」 「アリアの母君のこと。俺は病院へ行く、という事までしか知らなかった」 「そうみたいね。ケントがそんな事を言っていたもの。メッセンジャーボーイにお願いした手紙が届かなかったのね」  マキリーの言葉に私は頷く。彼も実はお貴族様で、子爵家の第三子。跡継ぎでは無いから誰と付き合っても結婚しても、うるさく言われない。と笑って、私に告白してくれた。私が貴族である彼に怖気付いていたから。そう言ってくれたから、安心してマキリーと付き合えた。  彼といつか別れる事を考えて付き合う事は出来なかったから。もし、彼が跡継ぎだったら私と付き合うことは出来ても、別れる事が前提だったはず。跡継ぎは貴族同士で結婚する方がいい、と言われているから。 「それだけじゃない。それ以降、君からの手紙は一切届いていない」 「えっ?」  それはさすがに有り得ない。メッセンジャーボーイとは、手紙しか連絡手段がないこの国では責任重大な職業だ。必ず相手に手紙やカードを届けるのが仕事。彼らが失敗すれば、連絡が取れなくなるのだから。ただ、稀にメッセンジャーボーイが手紙を紛失する等の問題が起こっていた。私の手紙もその類だと思ったけれど……。それでも何度も出した手紙が一切届かないのは、おかしい。メッセンジャーボーイが仕事を放棄しているようなものだから。 「調べてみたら、メッセンジャーボーイはきちんと仕事をしていた。……最初の手紙から」 「どういうこと?」 「アリアからの手紙はイヴが全て隠し持っていた」 「は?」  唖然としてしまう。イヴが何故? どうやって? 「イヴは、アリアの家を訪れるメッセンジャーボーイを突き止めて、俺の家で俺の代わりに手紙を受け取っていた」 「……イヴ。なん、で」  私が此処に来てから1度も目を合わさないイヴに、私は嘘だよね? と思いながらイヴを見る。イヴは肩を跳ねさせてキッと顔を上げた。 「だって、ズルイのよ! アリア! あなた平民のくせに、貴族の……子爵の令息と恋人だなんて! 私は貴族と結婚しなくちゃいけないのにっ! それも、マキリーは私が憧れていたのにっ。なのに何故勝手にマキリーと恋人になっているのよ!」  醜い顔で本音を晒したイヴに、私は呆然とする。今まで、ずっとそう思っていたのだろうか。平民のくせに、と。 「ケントからアリアの話を聞いて、そちらの2人にアリアの母君の話を教えてもらった。アリアの話した通りだった。何も……何も知らなくて済まない」  マキリーは、イヴが捨てていなかった手紙を全て回収して目を通した、と続ける。 「君が……アリアが1人で苦しんでいた時に、側に居なくて済まない。悲しんで辛かった時に居なくてすまなかった」  ああ。彼は知らなかった。本当に何も知らなかったのだ。 「俺はあの日。君の母君の様子が判らないながらも、いつものように付き合い始めたあの日に会えると思っていた。ずっと待って待ち続けて。来なかった事にショックを受けて。何の連絡もなかった事に俺は捨てられたのかもしれない、と不安になりだして。そこへイヴが近づいて来た。君と親友のイヴならアリアの事が解るだろうと色々尋ねた。君が一人暮らしをしていた下宿先も、君は引き払っていたからね。君の母君の住まいも病院の場所も知らなかったから。とても後悔しながらイヴに尋ねた」 「ええ」  彼の後悔は私の後悔でもある。母に付きっきりではなくて、病院だったから看護師にお願いして少しだけ母を託して、マキリーに直接会いに行く事も出来た。あの頃はそんな考えは浮かばなかったのも確かだけど、もしかしたらそこまでマキリーの事を好きじゃなかったのかもしれない、と自己嫌悪にも陥っていた。 「イヴは、君の母君は大した事がない。アリアは久しぶりに母君と親子仲良くしているだけだ、と」 「そんな嘘までついて、イヴはマキリーを手に入れたかったの……?」  私はどこか自分の頭が自分のものじゃないような変な感覚で、イヴに尋ねた。 「そうよ! 当たり前じゃない! 貴族は貴族で結婚するのが幸せなのよ! 貴族と平民なんて所詮、上手くいくわけないのよ!」  イヴは……母の看病をしていた私を心配して、母を失った私を案じてくれて……でも、それは全て嘘だった。マキリーを自分のものにするための、嘘。 「そう。……イヴはそう思っていたのね。知らないでイヴに頼ってごめんなさい」  もう、なんだか疲れてしまった。私は今まで何を信じていたのだろう。 「アリア。その……」  マキリーが何を言いたいのか、私はもう分からなかった。彼と付き合っていた時は、何となく察せたのに。 「マキリー。さようなら。イヴも。もう……関わらないでしょうから。これ以上、話もないでしょう?」  私はマキリーの言いかけた言葉を遮って別れを告げる。もう帰りたかった。何を信じればいいのか分からなくて。 「待ってくれ! アリア、君とやり直したい」  マキリーが真剣な顔で告げてくる。私は……私も真剣な顔で、首を振った。横に。 「もう貴方達は婚約披露したのでしょう? それに、今は私……誰ともそういう気持ちになれないの。貴方達の婚約披露パーティーの日に、やっと私はマキリーとの別れを受け入れられたのよ。それまで、どこか受け入れきれなかったの。自然消滅だったから、かしら。でももう今は。マキリー。あなたと恋人だった日々は、ケンカもしたけれど。楽しかったわ。ありがとう」  私はマキリーに別れを告げて、話し合いのために同席してくれたケントと友人2人に礼を述べて、改めて私は帰ることにした。  その後。ケントから再び呼び出された私は、マキリーとイヴが婚約を解消した事を聞いた。 「マキリーに会う気はないか?」 「今は、まだ」  イヴは男爵家の一人娘だから、どこかの貴族の人と結婚するだろう、と聞いた。イヴには正直会いたいとは思っていない。母を亡くした時の感謝はあるけれど。複雑だから。 「教えてくれてありがとう」 「いや」 「これ、今の私の住所。マキリーに伝えるのも伝えないのもケントさんに任せます。今は本当に、恋とか結婚とか考えていないから」 「そうか。友人として会うのは?」 「マキリーと2人で会うのは……。皆で会うならいいわ」 「伝えておくよ」 「ええ。それじゃ」 「うん。……一方的に責めて悪かった」 「いいの。怒ってないわ」  そして私はケントに別れを告げる。いつか、マキリーと2人で会う事になるかもしれない。でも今はまだ、何とも言えない。イヴの策略が有ったとはいえ、私達がもう少し歩み寄ろうとしていれば、何とかなったかもしれないから。  結局は〜かもしれない。だけど。でもまぁお互いにお互いを思い遣る気持ちが無かったのかもしれないから。だから私達は別れたのだろう。  再び私達の道が交わる事になるのか、それは私にも分からない。 (了)
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