吉田さんは色々な顔でよく笑う。

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吉田さんは色々な顔でよく笑う。

 僕たちは四時にはアルバイトを済ませ晩御飯までトランプをして過ごし、食後は居間のテレビで放送されていた映画を見ながらゆったりとした時間を満喫した。映画を見終わる頃には時刻は十一時を過ぎていて、僕たちは交代で風呂に入った。シャワーで汗と埃と廃墟臭とでもいうべき独特の匂いでドロドロになった体を洗い流しながら、肝試しはキャンセルになったんだろうかと僕は考えていた。  風呂上り、お爺さんに寝る部屋を案内してもらっている時にパジャマ姿でノーメイクの吉田さんとすれ違う。じっくり見ていいものなのか良く分からなかったので僕は目を逸らした。その後、僕は歯を磨き、用意してもらった布団に入りそのまま眠りについた。肝試しの事は若干気がかりではあったけど、僕としてはもうアルバイトで廃ビルも十分満足出来たし、風呂にも入ってしまったのでこのままふかふかの布団でぐっすり眠ってしまいたかった。  でも、企画立案者の彼女がそんな事を考えている訳が無かった。 「……て。……くん」  遠くで誰かが呼んでいる。 「起きてってば。水城くん」 「……うん?」  瞼を薄っすら開けると、吉田さんの顔が至近距離にあった。その顔は少し怒っているみたいに見えて、僕はかけ布団を少し上にずらしてその映像を遮断した。途端に僕はかけ布団を奪われた。吉田さんと目が合う。今度の吉田さんは何故かニコニコしていて、それが余計に怖い。 「……おはようございます、吉田さん」 「何で今、布団被ったの?」 「……寝ぼけていました。今、何時頃でしょうか」 「午前二時。丑三つ時よ」 「……何で僕はそんな時間に弾劾を受けているんでしょうか」 「廊下ですれ違った時に口パクで言ったでしょ。午前二時に集合って。水城くんも頷いてたじゃない」  僕はまだ寝ぼけている頭で、昨晩の記憶を辿った。……風呂上りのあの時か。 「……気付きませんでした。今から肝試しをやるんでしょうか」 「そうよ」 「……すぐに支度します」  僕は服を着替えながら、口パクは分からなくても僕に落ち度は無いんじゃなかろうかと少し納得がいかなかった。もちろん、口には出さないけど。急いでトイレを済ませ、玄関を出ると吉田さんはスマートフォンを弄りながら待っていた。よく見ると、彼女はきちんとメイクをし直していて、服装も今朝のワンピースに着替えていた。遠目からでも、気合いが入っているのが見て取れた。 「お待たせしました。吉田さん、ワンピースで行くの?」 「せっかくだから、スマホで撮影しながらやろうかなと思って。映像で残すなら、こっちの方がいいでしょ?」 「……撮るの?」 「アルバイトの時に水城くんのリアクションを見て思い付いたの。これは映像に残したいなって。駄目?」 「……いいよ。怖がらずにさくっとクリアして、たまには格好良いところをみせるよ」 「流石、水城くん。そうこなくっちゃ。隠れて色々と仕込んだ甲斐があったよ」 「えっ、ちょっと待って。仕込んだって何さ?」  僕の質問に吉田さんは意味深な微笑みだけを残して、歩き始めた。僕も後を追う。ゆっくりと歩いているのに気持ちを整理する間もなく、あっという間に廃ビルが視界に入った。この近さが今は憎たらしい。これから肝試しをするという心理が錯覚を生むんだろうか。廃ビルは昼間よりも随分と巨大に見える。
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