吉田さんはあまのじゃく。

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 休み時間、吉田さんが僕の原稿用紙を返してきた。 「水城くん、ありがとう。助かりました」  吉田さんが小さくお辞儀する。 「とりあえずバレないで良かったね」 「今度、お菓子か何かおごるよ」 「そこまでしなくていいよ。それよりさ、何を間違ったん?」 「いや、大したことじゃないよ」 「原稿用紙には一杯書いてたでしょ」 「見たの?」 「チラッと。内容までは全然。吉田さんって宿題忘れる様なタイプじゃないじゃん。だから気になって」 「そこまで面白いものじゃないって」 「そう言われると余計気になる」  吉田さんは少し悩んでるみたいだった。そんな彼女の沈黙を破る様に次の授業の先生がやってきた。色んな場所でたむろしていた生徒が自分の席に着き始め、教室があわただしくなる。 「ごめん。本当に駄目ならいいよ」 「……他の人に見せないでね」  吉田さんは肩をすくめながら、机の中から折りたたんだ原稿用紙を取り出した。そして僕にそれを手渡して席に着いた。 「ありがとう。読んだらすぐ返すよ」  僕は受け取った原稿用紙を教科書の下に隠しながら、授業そっちのけで読んだ。そこには綺麗な字でこんな事が書いてあった。 『私が行ってみたい場所は日常の裏側です。と言ってもピンとこないかもしれないですね。例えば私は家から商店街を歩いて駅に行き電車に乗って通学しています。短い距離ですが、通った事の無い道や入った事の無い場所がたくさんあります。商店街に連なる幾つもの細い路地の奥、開店しているのか閉店しているのかもよく分からない怪しげな古い喫茶店、駅の関係者以外立ち入り禁止のドアの向こう側とか。通学路以外でも気になる場所は沢山あります。予防接種でたまに訪れる病院の薄暗い階段の下、長いトンネルの中にある非常脱出口の先など。もちろん子供が行くべきではない場所は教育上悪いものがあるだろうし、関係者以外立ち入り禁止と書かれた場所は一般人が触ると危険な装置があったりするんだろうって事は何となく予想できます。なので実際には行けませんが、そんな普段見ない側面を知る事で自分の住んでいる街をもっと好きになれるのではないかと思いました。』 放課後、すぐに原稿用紙を吉田さんに返そうと思ったが彼女の机の周りにクラスメイトが何人かやってきて長話が始まってしまった。このまま帰る事も出来ないので、鞄から小説の単行本を取り出して読んでいるふりをしながら時間を潰していた。クラスメイトに囲まれる吉田さんを横目で盗み見ながら、学校での吉田さんのキャラクターと作文に書かれた内容が何となく合わないような違和感を僕は抱いていた。 雑談が終わり、吉田さんの周りのクラスメイトが去っていく。気付けば教室にはもう僕と吉田さんしか残っていなかった。時計を見ると、もう30分近く経っていた。  
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