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「ごめんね? 待っててくれたんでしょ?」
吉田さんが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「流石にくたびれたよ」
僕は机の中から二つ折りの原稿用紙を取り出して吉田さんに返した。それを吉田さんはクリアファイルに挟んで、鞄に入れながらこちらを向いた。
「ねぇ、帰り暇? 駅まで歩きながら話さない?」
吉田さんはもう帰る準備が出来ているみたいだった。
「いいよ。でも、珍しいね」
それを見て僕も単行本と机の中の物を鞄にしまった。
「色々と言い訳したい気分なの。それに読んでくれた以上、水城くんの感想も聞きたいしね」
「おっけい。じゃあ、帰ろうか」
「うん」
僕と吉田さんは立ち上がり、教室を出て歩き始めた。廊下の窓から夕陽に染まり始めた校庭で陸上部が練習しているのが見えた。
「それで水城くんはどう思った、あの作文」
「普通にいい文章だったよ?」
「ホントに? お世辞だと思うけど、ありがと。書いてる段階からちょっと危ういかなとは思ってたんだけどね。他の人が皆、どこに旅行行きたいかみたいな内容だったでしょ。悪目立ちするのは避けたくって」
「一応、締めが自分の住んでいる街をもっと好きになれるんじゃないかって終わり方だし別にそんな気にする程でも無いと思うよ。ちょっと意外ではあったけど」
「後半の文章はね、無理やりくっ付けたの。立ち入り禁止の場所に入ってみたいです!で終わりだと流石に問題あると思って。全然本音じゃないの」
「そっか」
階段を下りながら、何というべきか僕は悩んだ。こうなる事は分かっていたはずで、何か気の利いた返しを考えておくべきだったと僕は数分前の時間を持て余していた自分を恨んだ。校門の近くで例の国語の先生とすれ違う。少し気まずい。でも吉田さんが元気よく「橘先生、さよならー」と声を掛けたので僕も少し遅れて挨拶した。
「……吉田さんひとつ質問してもいい? 怒らないで聞いてほしいんだけど」
「何?」
「吉田さんって、普段ちょっと猫被ってる?」
「ふふっ、水城くん直球だね」
「ごめん」
「いや、責めてる訳じゃ無いよ。そこが水城くんのいい所だし。それに私が普段大きい猫被ってるのも事実だから」
「大きいんだ」
「パンダくらいはあるかな」
僕はパンダを背負った吉田さんを思い浮かべた。
「そりゃでかい」
「ねぇ、水城くん。水城くんから見て私ってどんなイメージだった?」
「……真面目な優等生かな」
「でしょ? 本当の私はね、けっこう天邪鬼なんだよ。したら駄目って言われると実践してみたくなるし、入っちゃ駄目って言われた場所には入ってみたいの」
「あ、それはちょっと分かる」
「ホントに? 嬉しい」
「でも、別に猫被らなくてもいいんじゃない? 多かれ少なかれ、皆そういう面は持ってると思うけど」
「そうかなぁ」
「もう何か行動に移した事はあるの?」
「幾つか行ってみたい場所は既にピックアップ済み。でも、実際には全然。流石に一人だとちょっとね」
「まぁ、吉田さん一人だと危ないかもね。変質者がこの辺りに居ないとも限らないし」
「ボディーガードでもしてくれる人がいたら安心なんだけどね」
「そんな物好きいるかなぁ」
そう言いながら吉田さんの顔を見る。すると彼女は意味ありげな微笑みを浮かべながら、こちらを見つめてきた。
「……僕、ヤダよ?」
「えー、さっき水城くんもちょっと分かるって言ってたのにー。あれは口先だけの出任せだったのね?」
吉田さんは大袈裟にうなだれながら、電柱にもたれかかった。今日は吉田さんの色んな顔が見れる日だなと僕は思った。
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