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吉田さんは結構いじわる。
「ねぇ、水城くん。肝試ししない?」
吉田さんがクリームソーダのアイスをスプーンで弄りながら、唐突に喋った。
「んぐっ。……それは遊園地とかに行こうって話?」
口に入れたかき氷を無理やり喉に流し込んで、僕は彼女の方を見た。
「私たちに限ってそんな単純な訳無いでしょ。まぁ、遊園地自体は行ってもいいけどね。それはともかく良い廃墟があるの」
「昔から法に触れるのは駄目って言ってるじゃん。不法侵入は犯罪だよ」
「ちっちっち。それが許可はもらったんだよ、水城くん」
「……どういう事?」
夏期講習の後、僕たちは散歩の途中に見つけた古びた喫茶店で涼を取っていた。
「私のおじいちゃんが古いテナントを持ってるんだけど、老朽化してて秋口には取り壊すの。で、おじいちゃんから一つ頼み事をされててね。それをやる代わりに取り壊すまでの間なら、別にその廃ビルに入ってもいいって言われてるの」
「ふうん。その頼み事ってのは?」
僕はかき氷の山を少し崩して食べた。
「簡単なアルバイト。ビルの各部屋にはそれぞれ備え付けの家具とかが残ってるみたいでね。解体工事が始まる前にどんな物が何個残っているのかって情報を業者の人に伝える必要があるんだって。本来おじいちゃんが各階を回って調べるはずだったんだけど、先週ぎっくり腰になっちゃって。夏休みで時間に余裕がある私に白羽の矢が立ったってわけ。で、一人でやるのも寂しいし水城くんはどうかなと思って」
「正直ちょっと興味はある」
「でしょ」
吉田さんがクリームソーダをストローで一口飲んだ。
「ビル丸々使って肝試しなんて中々出来ないよ」
「その肝試しって昼やるの?」
「アルバイトの方を日中にやって、肝試しは夜やろうかなって」
「夜ねぇ。それ、補導とかされないか?」
「私有地の中だし、大声とか出さなければ問題ないでしょ」
「それもそうか?」
「あと手伝ってくれたら、おじいちゃんからお駄賃も出るよ」
「あ、それは素直に嬉しい」
「ねぇ、やろうよー」
「……おっけい。やるよ。ちなみに場所ってどの辺り? 吉田さんの家の近く?」
「雲浦町」
「何処それ」
「県境の小さい町よ。そこに件の廃ビルとおじいちゃんの家があるの。この辺りから車で1時間、電車だと乗り換えも必要だから2時間弱って所かな」
「え、結構遠くない?」
「そうだね。あ、おじいちゃんの家に泊まりなよ。アルバイト兼遊びで泊まりたいって言えば大丈夫だと思う。おじいちゃん今一人で住んでるし、部屋いっぱい余ってるから余裕だよ」
吉田さんは名案を思い付いたみたいに言った。でも、僕は初対面のお爺さんと二人で長時間過ごす事を想像すると、あまり乗り気にはなれなかった。
「吉田さんのお爺さんと二人っきりかぁ。会話を弾ませる自信はあんまり無いなぁ」
「何言ってんの。私の家からも遠いんだから、私も泊まるに決まってるでしょ」
「あっ、そっか」
それはそれで違う意味で神経すり減らしそうだなと僕は思った。
「水城くんはいつが都合いいとかある?」
「夏休み中ならいつでもいいよ」
「じゃあ、あと二日で夏期講習終わりだし週末やるって事でいい?」
「いいね、楽しみだ」
油絵具を直接垂らした様な濃密なブルーに入道雲の白色が映える。ミンミンゼミのじとっとした鳴き声が街中に溢れている。まだ夏は始まったばかりだった。
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