吉田さんは結構いじわる。

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 吉田さんの言うとおり雑談する暇もなく、歩いていると件の廃ビルが視界に入った。くすんだ緑色の外壁は田んぼや古い日本家屋が並ぶ町並みの中で妙な存在感を放っている。四階建てだろうか。想像より全然でかい。そして、一階部分には全面的にシャッターが下りていて、何処が入り口なのかさっぱり分からなかった。 「これどういう構造なの?」 「一階はスナックとか定食屋さんとかが入ってた部分なの。で二階から上がアパートって感じ。今は退去してもらって住んでる人もいないから居住スペースに繋がる階段もシャッターで全部閉じてるの。どうやって入るか分かる?」 「全然分かんない」 「ふふっ。見てて」  得意げにそう言うと、吉田さんはビルの壁についている小さなカバーを開けた。カバー下には鍵穴と赤と白のボタンがあり、それぞれ「開」と「閉」と彫られている。どうやら鍵を差し込む事で電源が入り、シャッターが自動で動く仕組みの様で、キリキリと音を立てながら開くシャッターを見ながら僕はレトロなのかハイテクなのか良く分からないなと思っていた。  シャッターが開くと、階段と細長い通路が現れた。細長い通路は反対側の道路へ続いているみたいで、通路に面して幾つかの飲食店の入り口があった。蜘蛛の巣を避けながら覗き込むと「スナック キャッツアイ」や「中華 国士無双」といった看板が見えた。 「こっちはアルバイトには関係ないよ?」 後ろから吉田さんがひょっこり、顔を出した。 「吉田さん、ここ好きでしょ」 「んー、色んな意味で好きよ。廃墟になる前も、今もね。昔からおじいちゃんの家に来た時にはこの辺りで従兄妹とかくれんぼしたり、皆で中華料理食べたりしてね。あー、潰れる前にもう一回来ておけばよかったな」 「……なんか勿体ないね。ちょっと改装すればまだまだ使えそうなのに」 「一階部分は大丈夫なんだけど、一昨年の地震の時に壁に少し亀裂が入ったみたいでね。大雨になると廊下とか至る所で雨漏りするらしいの。地道に修繕してたんだけど、結局他にも老朽化してる部分も多いし潰そうかって話になったんだって」 「吉田さん的には残して欲しいんじゃないの?」 「そりゃね。でも、私よりも思い入れがあるだろうおじいちゃんが潰そうって決めたなら、反対はできないでしょ」 「そっか」  通路の壁を触りながら僕は、こんな巨大なモノがもうすぐ跡形もなくこの世から消え去ってしまうのかと考えると不思議な気持ちになった。吉田さんも何か思う所があるのか、僕たちはしばらく黙ってその光景を目に焼き付けていた。
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