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「センチメンタルに浸るのはこれくらいにして2階に行こっか」
「そうだね」
気持ちを切り替えて僕たちは階段の方に向かった。入口には集合住宅によくある部屋番号の振られたポストがある。でも照明器具は非常灯すら消えていて、日差しが入らないのか日中にも関わらずそれより先はよく分からない。
「こっちは随分薄暗いね」
「ホントだ。あっ、ごめん。懐中電灯持ってきてないや」
「スマホのライトでいいんじゃない?」
僕はポケットからスマートフォンを取り出して目の前を照らしてみた。うん、悪くない。
「いいね。それで行こうか」
吉田さんもスマートフォンを取りだしライトを点けて歩き始めたので、僕は後ろを付いていく。二階に上がると外壁と同じ色のダークグリーンの廊下が伸びていて、奥に磨りガラスのはめ込まれた木製の扉が幾つも見える。磨りガラスから少しだけ差し込む光が廊下をぼんやりと照らし、逆にそれが不気味さを引き立たせる。でも、吉田さんはそんな事を気にする素振りも見せずに銀色の箱から器用に鍵を取り出して、一番近くの201号室の扉に差し込んだ。
「なんか既にホラーだね。人いそう」
「いるかもしれないよ」
「えっ?」
「泥棒とか浮浪者とか。そういう人が忍び込んだりするのが過去に実際にあったらしいんだよね」
何でもない事の様に言いながら吉田さんは鍵を回した。かちゃんという渇いた音が辺りに響く。
「……今言う?」
「まぁ、大丈夫でしょ。水城くんもいるし」
「……万が一があったら怖いから一応僕が開けるよ」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
何故か吉田さんは少し嬉しそうに笑いながら、ドアノブから手を離した。僕は吉田さんを後方に下げて多少の緊張感を抱きながら、扉を開けた。そこには……普通の1LDKの部屋があった。カーテンを開けると、ライトが必要ないくらい部屋が明るくなる。
「……めっちゃ綺麗だね」
「全部の部屋が最近まで住んでた訳じゃないからね。ここは入居者の人が退去後にハウスクリーニングされたままの状態なんだよ」
「なるほど」
「じゃあ、水城くんにこれ渡しておくね」
吉田さんはトートバックからバインダーを取り出して、僕に手渡した。バインダーに挟まれた紙には縦に部屋番号が、横に冷蔵庫やテレビといった家具の名前が記載された表が書かれている。
「私が部屋にあるものを言うから。水樹くんはそこの表にメモしてくれる?」
「りょうかい」
「言うよ? 湯沸かし器1、テレビ1、テレビ台1、ベッド1、エアコン1、冷蔵庫1。どう? 書けた?」
「おっけい」
「これで一部屋終了よ。ね、簡単でしょ?」
「そうだね」
「じゃあ、次の部屋に行こっか」
そう言うと、彼女は鍵もかけずに隣の部屋に向かった。
「ねぇ、鍵かけ直さなくていいの?」
「来週には一度業者の人が見に来るから、シャッター以外は開けたままでいいっておじいちゃんが言ってたの」
「ふうん」
「ところで、水城くんって幽霊怖い?」
吉田さんは隣の部屋の鍵を開けながら、僕の方を見る。
「なんか嫌な予感がするんだけど」
「実は亡くなってるんだよね。次の部屋」
吉田さんはわざとらしくライトの光を顔の下から当ててみせた。
「えぇ……」
「一人暮らしの大学生の人だったらしいんだけどね。大学に来ないから親御さんが見に来たら、……クローゼットの棒に縄をかけて自殺してたらしいの」
「ねぇ、吉田さん……。さっきから何でそんなに詳しいの?」
「水城くんを驚かせようと思っておじいちゃんに何か無いか聞いてみたらね。色々な逸話がザクザクと」
「お爺さん、余計な事を……」
「次の部屋も水城くんが開ける?怖いなら、私が開けるよ?」
「開けるよ、僕が」
そう言いながら僕はドアノブを握った。先程とはまた違う緊張感が汗となって背筋をつたう。扉を開けると不快な匂いが鼻を突き、思わず僕はすぐに閉めた。
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