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「ちょっと待って。変な匂いするんだけど。遺体ってそのままここに安置されてたりするの?」
「それは……無いでしょ。でも確かにちょっと匂うね。何の匂いだろう。水城くん、もう一回開けてくれる?」
「お、おっけい」
僕はもう一度、今度はゆっくり扉を開けた。異臭に我慢しながら、カーテンを開けると、ようやく部屋の全貌が見えてきた。今度の部屋は和室だった。
「なるほど、雨漏りで畳が腐ってるのね」
吉田さんが軽く畳を踏むと濁った水が染み出した。
「その匂いかぁ」
よく見ると、天井や壁など至る所に染みがある。じっと眺めていると、人の顔に見えそうで僕は思わず目を逸らした。
「あれぇ?」
僕とは対照的に吉田さんは不思議そうに部屋中を見渡していた。
「どうしたの、吉田さん?」
「いや、ちょっと気になってね。まぁ、いっか。仕事しよう。水城くん、準備いい?」
「いいよ。早く終わらせよう」
「湯沸かし器1、テレビ1、テレビ台1、エアコン1、冷蔵庫1、以上。書けた?」
「おっけい」
「じゃあ、次ね」
「よし出よう」
僕は吉田さんの手を握って急いで外に出た。
「そんなに嫌だった?」
吉田さんが申し訳なさそうに言う。
「匂いがちょっとね、無理だった」
僕は少し強がってみせた。
「もうおじいちゃんに聞いた話は言わない方がいい?」
「いや、それはそれで……」
「どっちがいいの?」
「……やっぱり言って」
「分かった」
そう言うと、彼女はニヤリと笑った。僕は判断を間違えたかもしれない。
「ちなみにお爺さんに聞いた逸話ってあと何個あるの?」
「えーと。あと、8個かな」
吉田さんは銀色の箱から次の部屋の鍵を探しながら言った。
「まぁ、人が亡くなってるのは、さっきの部屋だけのはずだから安心してよ」
「それは嬉しいけど、あと8個? 多いなぁ。……ねぇ、吉田さん。ところで、さっき何が気になったの?」
「え、水城くんは全然気付かなかったの?」
「その思わせぶりな言い方やめてよ」
「あっ、ごめん。水城くん、悲しいお知らせがあります」
「今度は何さ」
僕がそう言うと吉田さんは箱から鍵を出して僕に見せた。
「この鍵、マジックで赤い印が付いてるでしょ」
「……付いてるね」
「さっきの部屋、クローゼット無かったでしょ」
「……無かったね」
「つまり」
「つまり?」
「事故物件は次の部屋だったの」
「マジかよー」
廃ビルに悲しい雄叫びが木霊した。
その後も僕は彼女の話す補足情報に踊らされながら、アルバイトを続けた。全ての部屋の確認が終わる頃には僕は心身ともに疲労困憊で、反面吉田さんは実に楽しそうでイキイキとしていて。晩御飯をご馳走になりながら、まだ本番の肝試しが夜に控えていると思うと僕は少し怖くなった。
ちなみに3つ目の逸話は事故物件となった部屋の改装費用の金額で、約20万円だったそうな。改装のおかげか、例の部屋は凄く綺麗だった。
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