1 奴隷少年ジャンダリ

4/9
前へ
/116ページ
次へ
「うちの子供よりもおまえのほうが読書(アナグノーシス)熱心で、買ってきたパピルスは結局ほとんどがおまえしか読まなかったな……。おぼえているか? 俺がおまえにギリシア語の文字や文法をおしえてやったときのことを」  そんな記憶はない。ジャンダリの出身であるセレウコス朝はギリシア人の立てた国だったけれど、ジャンダリのような庶民(しょみん)はアラム語を使っていた。ギリシア語の会話はアレキサンドリアに連れてこられてから、主人のもう一人の奴隷のフリギア出身の女奴隷からおそわった。……でもパピルスの巻物を自由に読ませてくれたのは主人に感謝している。  主人がジャンダリの耳元で息を吹き込むように言う。 「Γ(ガンマ)。……Γの、姿勢を、とれ、ジャンダリ」  書物の話に気を取られて油断していた。  ジャンダリが動かないでいると、主人が急にジャンダリの背中を押し、ベッドに手をつかせた。  ジャンダリは焦った。屈服(くっぷく)するような姿勢は、ギリシア人の男にはあってはならない姿勢とされている。ジャンダリはセレウコス朝出身の奴隷だったが、ギリシア人男性でなくても嫌だった。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加