第一話 取捨選択

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第一話 取捨選択

 雲一つない青空と鼓膜が破れそうになるくらいに煩い蝉の声。  何もしないでいても汗が大量に流れてくる、うだるような暑苦しい季節。  向日葵たちは勢ぞろいして東を向いている。  私はこんな季節に引越しをすることになった。  なんでかって?  それは私が普通の人と違うから。  普通の人ってなんだよって思うけど、その普通の人には見えないものが見えるのが私。私の父親は見えないらしくて、母親は物心がついたときには存在しなかったので、母親に見えていたかはわからない。父からしたら私が見えないモノと話していること、見えないモノに怯えていることが奇妙だし気持ちが悪いようで、同じ家にいても関わることはほとんどなかった。  そしてそんな父は再婚した。  再婚相手との新しい生活を送りたいと望んだ父親は、母方の祖父母の家に私を放り投げた。母方の祖父母には会ったことはない。正確には母がいたときには来たことがあるらしいけど、私の中の記憶には祖父母との記憶はない。  まあ大人の都合で私は今、緑の木々が生い茂っている田舎へと来たわけです。海より山が好きだから別にいいけどね。  青と黄色のグラデーションの中に太陽が昇っていくのを眺めながら電車に乗って、今はオレンジ色と紺色のグラデーションになり、空にはうっすらと星が見え始めている。  春にピンク色に染まる町……桃や桜の木が並ぶ田舎の景色からビルが建ち並ぶ景色になる。それからマンションや一軒家が密集する景色になり、団地や一軒家に庭や公園が見える景色になっていき、更に進むと木々や畑が徐々に増えていき、今は森の中に迷い込んだような木々しか見えない景色が広がっている。  電車は山と山の間を通っている。いくつものトンネルを通り、その度に耳抜きをする。トンネル、耳抜き、森林、トンネル、耳抜き、森林、その繰り返し。電車が長いトンネルから抜ける。窓の外を眺めていると山々の中に小さな集落があり、等間隔で畑と家々が交互に並んでいる景色が広がっている。光と闇の世界が広がるかのように、影の部分と日が当たる部分がくっきりとわかれているという都会では見ることができない景色。    キキ―っとブレーキ音がし、電車が停止する。  今乗っている電車は単線で乗っている人も降りる人も疎らで話声も一切聞こえてこない。 「次は……駅です」  車掌さんのアナウンスが聞こえる。  降りるのは次の駅か。  ふと、外の景色を見ると駅のホームのベンチに座っている妖モノが電車に手を振っているのが見える。  外の景色なんか見なければよかったな……でも景色がとても綺麗だから何か見えても意識しないでいればいいか。  景色に見とれていると突然のゲリラ豪雨となり、真っ黒な雲と真っ白い霧で覆われた景色に変化する。  雨の音が聞こえなくなったかと思うと、トンネルに入ったようだ。  トンネルは少し嫌いだ。トンネルという空間は色々なものが集まりやすい。しかも暗くて重たい感じのものが多い。だから私はトンネルに入ると目を閉じるようにしている。もし目が合うことがあったら何が起きるかわからないから。瞼に光が差すまで目を閉じ続ける。  強く眩しい光を感じ、目を開けてしまう。  あ、しまった……。  妖モノが現れる。
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