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Ω性に対する一昔前の世間一般の扱いは酷いものがあった。
本人や周りの意志に関わらず、一度ヒートが起こってしまえば、否応なしにそのフェロモンで周囲を誘惑し、混乱させてしまう。
一番恐怖を感じているのはΩである本人であろうに、「フェロモンを撒き散らすお前が悪い」と理不尽に責められ、傷つけられ、挙げ句厄介者として満足な社会的地位すらも与えられず、仕事や住む場所すらも制限されていたなどというから、酷い話だ。
僕が医師になった頃にはそんな風潮は撤廃すべき悪しき習慣だとされ、Ω性に対する人権の保護が盛んに叫ばれていた。
αやΩの存在が分かってからの歴史から考えたら遅すぎるくらいだけど、ようやく国を挙げてΩの人権を保障する政策がいくつも制定され、現在ではΩ性に差別的な行為を行えば罰則の対象となる。
そうして幾分かはΩ性に対する処遇は改善されてきたものの、それでも、人間の心の奥底にある弱き者を虐げる心というものを完全に拭い去るなんてことは困難だろう。
Ω性と診断され、絶望的だと感じる人が今も後を絶たないのがその証拠だ。
効果の高い抑制剤が開発され、普段はヒートがほぼ完璧にコントロール出来たとしても、人の身体なんていつ何が起こるのかわからない。
夜道に怯え、人の視線に怯えて生きるΩは今でも多く存在している。
そして、Ωであるが故に与えられる必要のない絶望を与えられ、苦しみ続ける人だって―…。
いくら国が諸手を挙げて人権を保障しようと、人間と人間が関わり生きていく中ではそれだけではどうにもならないことは悲しいかな確かに存在するのだ。
だから、僕が働くオメガ外来は生き辛いと感じているΩ性の人々に対するカウンセリング的な役割も大きな職務であると僕は思っている。
僕はΩが社会的弱者だなんて決して思わないし、生きていれば理不尽な絶望に打ちひしがれるのも、別にΩ性に限った話ではないとも思う。
それでも、Ωが巻き込まれる性犯罪の発生率が今も抜群に高いことや、ヒートに関連した周囲からのあらぬセクハラやパワハラ、国が禁止していようと、Ωであることを理由とした差別的行為、など―。
こんなものはごく一部の話で、Ωの人々にこうして医師として関わっていれば、彼や彼女らがΩ性であることによって一筋縄ではいかない様々な苦悩を抱えて生きているということを日々感じずにはいられなかった。
全てのΩを救いたい、だなんて大それたことは思わないし、いち医師である自分にそんな力量があるとも思わない。
けれど、もし彼らや彼女らが苦しむ原因がヒートに起因するものなら、それを調整しうまく共存できるよう手助けすることならできる。
僕に出来ることなんて本当に僅かなことだけれど―。
それでも、少しでもΩの人々が笑顔で前を向けるなら、僕はいくらでも尽力したいと思っていた。
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