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今年も残すところあと僅か。
来年は高校生活2年目に突入という事もあり、奮起したいところ。
良い年度初めを迎える為に、今やるべきこと。
それは大掃除。
今年の汚れをキレイさっぱり禊ぎ落とし、来年に向けての重要なイベント。学校生活は既に冬休みに到来しており、俺は心身共に気合を入れていた。
だが、そんな折、携帯に一本のメールが届いた。
差出人は「夏目(なつめ)綺羅梨(きらり)」
一応、俺の恋人だ。
中学からの同級生で、自分で言うのもあれだが、中々可愛い子。
少し性格が高飛車ではあるが、そこがまた良いんだ。
一体どうしたのだろうか? とメールを開封すると。
「シキュウ連絡サレタシ。ワレ、タイロキワマル」
何だこのメールは……?
嫌な予感しかしないが、とりあえず連絡してみる。
一回コールが鳴る前に、夏目と繋がる。
「もしもし? 今メール貰ったけど……」
『早く来て! アイツが! アイツがー!』
「おい? もしもし! 夏目?」
電話口から聞こえた声はただ事ではなかった。
焦る気持ちを押さえて自転車に乗ると、直ぐに夏目の家へと向かう。
★★
全速力で自転車をこいで夏目の家へと辿り着く。
夏目の家は一戸住宅で二階建て。ガレージと庭付きの良いところだ。
太陽は今、一番高い位置にある。こんな昼間から事件とか信じられない。
電話をしながら俺は家の玄関のインターホンを鳴らす。
ピンポーンという呑気な音が家から聞こえてくる。
それと同時に、おれの携帯が夏目と繋がる。
「夏目! 無事か?」
『アキト? もう来てくれたの?』
「当たり前だろ! お前があんな声出したら心配になるよ!」
『ごめん、今玄関開けるから……』
がちゃり、と玄関の戸が開く。
「夏目、良かった無事で……え?」
家の中から出てきたのはどこぞの特殊部隊が装備するようなガスマスクをつけ、その身体は分厚い白の防護服で包まれていた。
シュコー、シュコーという異常な呼吸音が目の前の夏目(?)から聞こえてくる。
『良かった、直ぐに来てくれて』
籠った声が聞こえて、初めて夏目だと判断出来た。
「え? 何? お前の家から殺人ウイルスでも発生してるの?」
『ちがうわよ! 今日、良い天気だから大掃除しようと思ってたのよ』
「どう見ても大掃除する服装じゃないよな、それ」
『大掃除してたら、アレが出たのよ』
「アレ?」
『見るのもおぞましいアレよ! 私には手に負えないからアキトを呼んだのよ』
ぶるぶると震える夏目。
夏目の嫌いな物と言えば、虫系だったな。となると、もっとも当てはまりそうなのは。
「あれか? 黒いゴキ……」
『やめて。絶対それを言わないで。今後それの総称はGとします』
「まじで特殊部隊みたいな事になってるぞ。なんだよ、そんな事で呼んだのか」
『アキトは事の重大さが分かってないようね。いい? もし30分以内に排除できなかった場合、この家を爆破するしかなくなるのよ?』
「他の手段を講じてくれよ!」
よっぽどダメみたいだな。まぁ、あれが好きな奴はいないだろうけど。
ここで夏目に良い所見せれれば、少し見直されるかもしれない。
「分かったよ。それを倒せばいいんだろ?」
『できるの?』
「たかが、一匹、サクッと倒してやるよ」
『頼もしい言葉ね。アキトに頼んで良かったわ』
マスクで表情は分からないが、声がすこし明るくなった気がした。
夏目に案内されて家の中へとお邪魔する。
「さて、そのゴキ……じゃなかった、Gは何処に居るんだ?」
『待って。その前に、アキトに掃除道具を渡しておくわ』
「掃除道具か……まぁ、素手でやるわけにはいかないしな」
『一応、家の中にあるのは箒、雑巾、塵取り、火炎放射器、洗剤……』
「待った。今、明らかに掃除道具じゃないの入ってたぞ」
何に使うんだよ火炎放射器とか。
「そういえば、気になったけど、ご両親は?」
『両親はGが出た途端、ハワイに逃げたわ』
「何処まで逃げてるんだよ!」
『両親は即座に戦線を離脱。残されたのは私と、アキトだけになるわ』
「うーん、普通ならすっごい嬉しいシチュエーションなのに、全くそれを感じない」
夏目は流石に熱くなったのか、ガスマスクを取り外す。
マスクの下からは額に汗が滲み出た夏目の顔が出てくる。
切れ長の目で、すこしツンケンした感じ。髪はポニーテールの女の子。
「それじゃあ、今回の任務を発表するわ。敵はこの家に籠城。これを速やかに撃退、制圧に移ること。ただし、決して潰したりしないで。中身が飛び散ったりしたら目も当てられないわ」
「もし、つぶした場合は?」
「つ・ぶ・さ・な・い・で!」
絶対にしてはならない事のようだ。
とりあえず夏目から箒と塵取りを受け取る。
「それで、その肝心のGは何処に?」
「最初見た時は一階の脱衣所だったわね」
「な、なんだって! それは大変だ、今すぐ向かう――」
「行かせるわけないでしょ?」
顔は笑っているが、夏目の目は笑っていなかった。
仕方ないが、諦める他ないようだ。
ここで、自分の頭が冴えわたる。
「もしかしたら夏目の部屋にいるかもしれないな」
付き合って半年以上になるが、未だ夏目の部屋は見たことが無い。
この機を利用して、見るチャンス。
だが、そんな邪な考えは既に感づかれていたのか、こちらを見る視線には
ギロリと睨みを利かせていた。
「覗いたらコロス」
「いや、そうは言うけど、もし居たら?」
「居たら、アキトをコロス」
「理不尽すぎぃ!」
取り付く島もないとはこの事か。
仕方ないので、当初の予定通りリビングに向かう。
リビングは清潔な空間が漂い、部屋の隅に大型テレビが設置され、中央には家族で食事できるように木のテーブルと椅子がある。そばに隣接されているキッチン。
見た所、まだ部屋がきれいな事を見ると、大掃除の手つかずの場所のようだ。
「しかし、本当にこんなところにGがいるのかね?」
テーブルの下からカサカサと何やら音が聞こえる。
まさか、と覗いてみると、そこにはスリッパサイズのGが蠢いていた。
デカイ! これは夏目じゃなくても驚くデカさだ。
未だ俺に対して警戒をしていないのか、その場でカサカサとゆっくり動いている。
「おい、夏目いたぞ。これはすごい大きさ……って夏目?」
返事がない。
振り返ると、夏目の姿は既になく、バタン、というリビングの扉が閉まる音。
あいつ、逃げやがった。
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