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そうだなぁ、と言いながら、千里が巨体を揺らして広報部を出て行こうとする。
「千里さん、星乃さんに執筆を勧めてくださって、ありがとうございます」
服部がそう言って頭を下げると、文芸一筋の先輩は照れ隠しなのか顔をしかめた。
「俺はなぁ、うちからヒット作が出るんならなんでもいいんだよ。たとえ作者が幽霊でも、殺人犯でも」
天野ジャックの遺作「復活の泉を回避せよ!!」は好評発売中だ。そしてそれよりヒットすると期待されているのが、星乃まいが獄中出版する自伝的小説「ジャックと魔滅の期」である。彼女は千里の勧めで執筆を再開し、獄中で順調に物語を綴っているらしい。
トップニュースになり世間の注目を集めた授賞式ジャック。投稿小説をめぐる夫婦の愛憎劇は、ワイドショーや週刊誌でも騒がれ話題になった。
星乃まいに出版を持ちかけた千里は編集者として実に逞しい。だが、その胸にあるのは商魂だけではないと、服部は信じていた。
彼女の犯した罪は、決して許されるものではない。けれど、文芸に関わる者として、その心情は充分理解できた。一部メディアでは「そんな理由で殺人を」と叩かれているが、きっと彼女に後悔はないのだろう。
「服部ぃ、メシ行く?」
これからの年月を獄中で過ごす彼女が心穏やかでいられますように。そう願いながら、服部はあの日主催者を務めたPCをシャットダウンした。
「はい、ご一緒します」
【了】
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