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「なるほどな、退出させられないとかミュートにもできないとか、おかしいと思ったぜ」
説明を聞いた千里はそう言って、ニヤリと笑った。
「編集長がIT音痴だからって、お前」
「千里さんこそ、ドアが開かないなんて名演技でしたよね」
服部が切り返すと、彼は片頬を上げて短い首をすくめた。
調整室は狭かったが、巨体がつかえてドアが開かないほどではなかった。千里があのとき時間を稼がなければ、星乃の口上は途中で強制終了させられていたかもしれない。
「そういや、あのとき最後に新川が言った台詞、ありゃ何だったんだ?」
「カンパンマンの決め台詞ですよ。知らないんですか?」
「知らねぇから聞いてんだろが」
「カンパンマンは飛んだりできないので、作中で車を盗んだり国境を強行突破したりするんですけど、そういうときに叫ぶんです。『ビヨンドジャスティス! 正義は自分の心で決めろ!』って」
「ふぅん」
千里は腕組みをして、鼻から息を吐いた。
「つまり、新川なりの星乃さんへのエールだったわけか」
「たぶん、そうなんでしょうね」
新川が甘い笑顔の下で何を考えていたのかは分からない。けれど、声優業界も生存競争の厳しい世界だ。星乃の静かに燃える憤怒に、何か思うところがあったのだろう。
「じゃ、あの台詞、次の面会のときにでも星乃先生に伝えとくわ」
「お願いします。きっと星乃さんなら、彼の意図を分かってくださると思います」
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