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画面をスタジオに戻すと、新川は満面の笑みで台本にないアドリブを入れた。
「わぁ! カンパンマンのお面ですね! ありがとうございます。二年前のスパーク小説新人賞受賞作カンパンマンは、食糧難に直面した人類を非常食メーカー勤務のヒーロー、カンパンマンが救う、熱いヒューマンドラマです!」
彼は自らが主演を務めた作品を淀みなく紹介し、
「天野ジャック先生のサービス精神には脱帽ですね!」
と本日の主役を褒め称えた。
「なかなかやるじゃねぇか」
千里が司会の機転に口の端を上げる。
「やっぱり、プロに頼んでよかったですね」
「天野先生さぁ、もしかしたら新川のファンなんじゃねえの?」
「いやぁ、どうでしょうね」
天野ジャックは五十代の男性だ。あり得ないとは言わないが、若い男性声優に熱を上げているとは考えにくい。
「自己顕示欲が強いだけかもしれませんよ」
新川が残りの受賞作と作者を順に紹介し、服部はその都度、効果音の操作を繰り返した。
「悪いな、お前ばっか忙しくて」
千里が全く悪びれていない顔でニヤリと笑う。服部は画面から目を離さずに、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「この日の為に採用されたんだと思ってますから」
中堅出版社初のオンライン授賞式。入社三ヶ月の服部がその主担当に抜擢されたのは、前職でシステム部にいたことから、ITに明るいと見込まれた為だろう。
千人規模のオンラインミーティングを仕切るのは初めてだが、機械を相手にする作業は苦にならない。機械より人間の感情の方が、遥かに複雑で不具合を起こしやすいと知っているからだ。
「ではここで、審査委員長である光栄社編集長より皆様にご挨拶させていただきます」
新川の合図で、服部は別の会議室にいる編集長を画面に呼び出した。
編集長は話が長い。その間はしばしの休憩だ。同じことを考えたらしく、新川がガラスの向こうで水筒を持ち上げる。椅子にもたれて一息ついた服部に、千里が問いかけた。
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