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「受賞の知らせに、夫は大喜びしていました。でもその小説は私から奪ったものです。問い詰めてもはぐらかされるのは明白でした。私は何も知らずに彼を祝福するふりをしながら、心に決めました。授賞式の当日、喜びの絶頂にいる夫を、そこから引きずり下ろしてやろうと」
ピリリリリ!ピリリリリ!
暗い笑みにぞっとした体が、突然の電子音にビクリと震えた。服部のスマホが光り、その画面には「編集長」と表示されている。タップして耳に当てると、上司のだみ声が飛び出してきた。
「服部、あの女を退出させろ! これ以上しゃべらせたら事故になる!」
「無理です。システム上、主賓に設定した出演者を強制退出させることはできません」
「じゃあミュートにするなり画面オフにするなり、とにかく何とかしろ!」
「やってみます」
服部がマウスをカチカチ動かすと、画面半分に表示されていた天野の妻が全面表示になった。
「何やってんだ! 服部!」
「分かりません。出席者の誰かにシステムに詳しい人がいて操作してるのかもしれない……ミュートにもできません」
そう言うと、舌打ちの音を最後に通話は切れた。
画面の中で天野の妻がおもむろに立ち上がり、椅子の背もたれだけが映し出される。フレームアウトした彼女の落ち着いた声が、少し小さく聞こえてきた。
「ミステリー作家になろうという方のために、お知らせしておきますね。青酸カリの描写でよくあるアーモンド臭は、普通の人間はまず気づきません。それに、飲んですぐに絶命するなんてこともありませんよ。たっぷり三十分はもがき苦しんでいましたから」
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