死ねない彼女は消防士

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 校門付近の塀に寄りかかって、スマホでユーチューブを見ながら時間を潰す。俺の生徒会長として、きっとまた趣味はパルクール動画の鑑賞だった。それも違法で超高層ビルを道具なしで登ったり、屋上から屋上へと飛び移りながら走る、過激なやつの。今ご贔屓なのはヴィクセンと名乗っている、多分日本人のランナー。画像は殆ど頭につけたアクション・カムだけで、時々顔を出しても狐のお面を被っているから確かなことは言えないが、出身がどの国であるにせよ、彼のスタントはどれも狂気の沙汰だ。 『今日は目隠しして建設中のビルのフレームを走ります。三百五十メートルぐらいの高さですから、落ちたら死にます』  イントロのテロップが流れ、画像に現れたヴィクセンは目隠しが本物だと証明するようにカメラのレンズを黒い布で覆う。背景には幅が二十センチ程度の鋼鉄フレームと、東京のビル景色が見える。風も強そうだ。 「マジかよ」と俺は息を呑む。  生まれつき運動神経には恵まれず、高所恐怖症でもある俺には到底無理な芸当で、もしかしたらだからこそ憧れてしまう。一歩踏み外せば死ぬ、危なっかしい足場を爽快に走ることにこの上ない自由を感じる。  ヴィクセンはお面の上から袋のような黒い布をすっぽり被り、アクション・カムを頭につけて走り出す。目隠ししながら、足場に対して垂直になったフレームを軽々よけて、まだフレームが完成していない部分は設置されたクレーンのワイヤーに飛びつき乗り越える。見ているだけで、こっちの手のひらに汗が滲んでしまう。 「――あっ、夜桜さん」  初、そして多分これっきりのラッキースケベの相手が校門から出てきて、俺は慌ててスマホをポケットにしまう。 「確か……生徒会長でしたね」夜桜は俺を見てため息をつく。 「は、はい。神崎(かんざき)愼吾(しんご)です」 「で、会長。あたしになんかようですかー?」  明らかに夜桜は面倒くさそうだ。裸を見られた後なのだから、俺を毛嫌いしていないだけ幸運なのかもしれないが。 「さ、さっきのことでお詫びしようと思って――」 「それなら別にいいですよ」夜桜は俺を遮る。「会長は本当のことを言っただけですし、事実だけを口にした会長のことを逆恨みして、『キモいから早く刺されて』なんて思うほど器の小さい女じゃありませんから」  やっぱり覗かれたことより、脳みそが空振りした俺が貧乳と叫んだことの方を怒っている。これって女の子として普通なのかな、と不思議に思う。俺が夜桜の立場だったら――貧乳という言葉を男性に当てはまるように置き換えて、俺は納得する。うん、シャワー中に突然入ってきた女子が俺の下半身を指差して「ち、ち、小さいっ」と叫べば、俺だって腹を立てる。 「悪かった。邪魔するつもりも、あんな馬鹿なことを言うつもりもなかったんだ」夜桜に頭を下げる。  しかし彼女は困ったように肩を竦め、「ホント、あんまり怒ってませんから。これでいいですね」と俺の横を通ろうとする。 「少なくとも奢らせてくれ。そうしないと俺の気がすまない」 「奢りなんていらないですよ。借りを作っちゃうじゃないですか。自分が欲しいものは自分で払います。それに会長は今日は塾なんですよね?」  なぜ知っているんだ、と俺が驚くのを見計らって夜桜は俺の腕の下をすり抜ける。 「待てよ」夜桜の手を掴む。 「離してください」  睨みつける夜桜の瞳を見つめ返す。「あの傷跡……虐待されているのか? 借りなんていらない。同じ学年の生徒として、俺は君の力になりたい」
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