死ねない彼女は消防士

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 夜桜の隣を歩くだけでドキドキしてしまう。一見地味のようなのに、近くからだと、色んな細部に気づき惹かれてしまう。ボーイッシュなショートヘアはよく似合っているし、目つきは、悪いと可愛いの中間ぐらいで、夜桜の視線が俺に向けられるたびに心臓が飛び上がる。  手足と首の跡は虐待ではなく、自傷だと夜桜は説明する。「リストカットって言えばわかりますよね」  サイレンのけたたましい音がして、俺たちは同時に耳を押さえる。道を開けた自動車の間を消防車が走り抜ける。 「タバコとロープの跡も?」 「はーい、そうです」 「タバコ吸ってるのか?」会長の肩書だけあって、俺は声を少し荒らげる。 「吸ってません。手足に押しつけるためだけに買ってます」 「リストカットとかはなぜ?」  夜桜は首を後ろにストレッチする。「好きだから。悪いですか?」  かなり迷った挙句、「いいや」と答える。「夜桜さんが自分の体をどうこうしろとは言いたくない」  ふと夜桜は立ち止まり、複雑な表情で俺を見つめる。「いいんですか、会長としてそんなこと言っちゃって。普通は『精神科医に行け』とか言いますよ」 「夜桜さんが助言して欲しいって言ってたら、そんなことを言ったかもしれない。でも今は俺が強引に迫ったわけだから」 「……面白い人ですね、会長って」  夜桜は笑い、俺の胸がうずく。  俺たちが住むマンションの近くまで来ていた。ビルの間から見える空が夕焼けに染まっている。あたりに焦げているような臭いが充満している。どこからこの臭いは漂ってくるのだろう? 「なあ、どうしてバレー部でこっそりシャワーなんて浴びていたんだ?」 「会長こそどうして?」 「汗臭いのが嫌いだから」 「あたしも同じ理由です。ずっと長袖だから」  ふーん、と頷いた瞬間――  爆発音が轟く。それに続いて窓ガラスが粉砕され、炎が燃え上がる音。 「あっ、あそこ!」  夜桜が指差す方向を慌てて見る。マンションの上階が火に包まれている。俺たちが住む建物ではない。また消防車が二台俺たちの横を通り過ぎる。 「か、火事?」  俺が当たり前のことを言い終わる前に夜桜は燃えるマンション目掛けて駆け出していた。えっ、と慌てて彼女の後を追う。だが、夜桜の方が断然足が速い。すぐに彼女のことを見失ってしまう。
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