49人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
オロオロすることしかできずに見ていると、二人は立ち泳ぎをしながら、男の人を両側から支えるようにして仰向けにさせた。
「大丈夫か?」
声に振り向くと、状況を目撃していたのか見知らぬおじいさんが横に来て海をのぞきこんだ。
「こりゃいけん。あんた早う救急車呼びんさい」
「えっ? あっ、はい。救急車……」
そうだ。どうして気が付かなかったのだろう。慌ててエプロンのポケットからスマホを取り出し、生まれて初めて119番に電話をかけた。
(はい。119番消防です。火事ですか? 救急ですか?)
「救急車お願いします」
(場所はどこですか?)
「土堂のとっ、突堤です。人が海に落ちて、それで、今マスターたちが助けてるんですけど、意識がないみたいで」
つっかえながらも一気にまくし立てる。その後いくつか質問に答えた。こっちは焦っているのに電話の向こうの人はやけに冷静だ。
(わかりました。ではあなたのお名前と電話番号を教えてください)
「夏井です。夏井咲和です。番号は080-……」
自分の携帯番号を告げて電話を切った。すぐに救急車を向かわせるとのことだった。
おじいさんも手伝い、男三人がかりでようやく引き上げられた男の人は、生きているのか死んでいるのかわからなかった。血の気の引いた顔色が、その整った造作を強調している。
「おいあんた! おい!」
おじいさんが男の人の頬を軽く叩いて呼びかける。反応はない。
「どうしたらいいんですかね!? 人工呼吸とかした方がいいんですかね!?」
わたしは誰に聞くともなく言った。
「あんた出来るん?」
おじいさんの問いに激しく横に首を振る。そんなことできるわけがない。119番の人が応急手当てについて何か言っていたけれど、ほとんど入ってなんかこなかった。
「どっかにAEDとかないんですかね?」
高校生がそう言った直後だった。男の人は突然ぐほぐほっと咳き込んで水を吐いた。
「あんた! しっかりせにゃいけんで! おい!」
呼びかけには応えない。相変わらず意識は朦朧としているようだ。でもとにかく生きていることだけはわかって、みんなでホッとしたように顔を見合わせた。
「そうだ、こういう時って、たしかこうやって……」
肩で息をしていたマスターが、男の人の顔をそっと横に向けた。溺れて水をたくさん飲んでいる場合、吐いてそれが気道をふさぐことがあるので顔は横向きにするのだと、テレビか何かで言っていたような覚えがあるらしい。
「すぐ救急車来るけえね。しっかりするんよ」
そうこうしているうちに、派手なサイレンを鳴らして救急車が到着した。
最初のコメントを投稿しよう!