第3章 夏の終わり

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「もう突然こういうのやめてくださいよ。びっくりするじゃないですか」 「だって驚かそうと思ったんだもん」 「清風さん目立つから恥ずかしいです。わたしとのバランスが取れてないから何を詮索されるかわからないじゃないですか」 「そうよねえ。あたしとあんたじゃどう見ても不釣り合いよねえ」 「うるさいなあ」  ちゃんと以前のような会話ができてホッとする。けれど同時にちょっとドキドキしてもいた。しばらくの間離れていたから、なんとなく照れてしまうのだ。しかも運転している清風さんを見るのも初めてだし。  リーフの近くの駐車場に車を停めて、歩いて向かう。アルバイトには少し早い時間だけれど、清風さんとゆっくり話ができてちょうどいい。 「お帰り。よかった。咲和ちゃんのバスの時間合ってたんだ?」  マスターが言った。 「いきなり清風君が現れてびっくりしたでしょう?」  奥さんはなんだか楽しそうだ。また清風さんの顔が見られてうれしいのかもしれない。 「周りの人にジロジロ見られちゃって恥ずかしかったです」 「久山田(ひさやまだ)じゃ、清風君はそれは目立つわよねえ」  久山田というのは大学のある場所の地名だ。 「マスターたちの言うとおり山奥でびっくりしちゃった。奥さん、緑茶お願い」 「熱いのでいいのね? そりゃ東京の一等地から来ればびっくりするでしょうよ」  もしかしたら清風さんにはもう会えないんじゃないかと思ったりもしていたので、東京に帰ってから二ヶ月経たずにまた戻って来てくれたことはすごくうれしいのだけれど、でもそれってやっぱりいろいろうまく行かなかったということなのだろうか。お父さんとのこととか、お見合いのこととか、今後の仕事のこととか。聞きたいことはたくさんある。でも、何からどう聞いていいかわからない。それに、リーフが今年いっぱいでなくなることを、清風さんはもう知っているのだろうか。 「今回はどれぐらいられるんですか?」  とりあえず当たり障りのない質問をする。 「決めてないわ。しばらくはいるつもりよ」  しばらくは。しばらくってどのくらいだろう。数日ということはないだろう。車まで用意しているということは、一ヶ月とか二ヶ月とかいるつもりなのかもしれないけれど、何か必要があって二、三日借りているだけかもしれない。 「ねえ清風君、ところであれどうなったの? お見合いの話」  奥さんが、わたしが気になっていたことの一つを聞いてくれた。 「もちろん正式に断ったわよ」 「お父さんはそれで納得したの?」  今度はマスターが聞いた。清風さんは横に首を振る。 「するわけないじゃない。次はどんなことを仕掛けてくるかわからないから気が抜けないわ」  とりあえず、よかった。おネエだから結婚したくないのか、その相手では嫌なのか真相はわからないけれど、清風さんが人のものになってしまわなくてホッとした。 「咲和ちゃん、実は報告があるんだ」  マスターはなんとなく改まった感じで言って、なぜか清風さんと目配せした。急に不安が過る。何を言われるんだろう。今年いっぱいでリーフがなくなることよりも衝撃的なことだったらどうしよう。思わず身構えてしまう。
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