第1章 謎の美青年、海に落ちる

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第1章 謎の美青年、海に落ちる

 お客さんのピークは過ぎて、今帰った二人組の女性客のあとは誰もいない。テーブルを拭く手を止めて外に目をやる。  大きな窓の向こうには、尾道水道とよばれる海峡を挟んで向島(むかいしま)の造船所のクレーンが見える。海峡といっても対岸の向島まではフェリーでほんの五分ほどだ。  ふと、一人の若い男の人の姿が目に入った。突堤とよばれる海に突き出た堤防を、先の方に向かってゆっくりと歩いて行く。白っぽいシャツにデニムのパンツという何のことはない格好なのに、遠目でもやけに目を引く。  海岸通り沿いにあるここ「café leaf」でアルバイトを始めて、もうすぐ一年になる。  尾道はレトロとモダンが共存する街だ。瀬戸内の小京都と言われるほど由緒あるお寺が多くあり、石段や細い路地が入り組んだ中に、味のある古い民家が立ち並ぶ。一方で、おしゃれなカフェや雑貨屋も多く、度々映画やドラマのロケ地にもなっている。  東京出身のわたしは、去年、大学入学を機にこの街に住み始めた。と言っても全く知らない土地というわけではなく、父方の祖父母がいるので小さい頃から何度も来ていて、今もその祖父母の家に居候している。  テーブルを拭き終え、再び何気なく視線を向けたその時だった。 「えええーっ!!」  わたしの突然の叫び声に、カウンターの向こうで洗い物をしていたマスターが驚いて顔を上げた。わたしは咄嗟に窓の外を指さして言った。 「落ちました!! 人が!! 海に!!」  突堤の先まで行った男の人が、止まったかと思えばそのままスーッと前に倒れるようにして海に落ちたのだ。わたしたちは慌ててお店を飛び出した。  二人して突堤の先まで走り、トトトトッ、と止まって海をのぞき込む。男の人はうつ伏せになった状態で沈みかけていた。 「沈んじゃう!! マスターあの人沈んじゃう!!」 「マズい。意識がないみたいだ」 「どうしよう!!」 「とにかく、誰か助けを呼んできて。僕はとりあえず飛び込むから」 「ええっ!?」  マスター、飛び込んだりして大丈夫なんだろうか……。そう思っている間にもマスターは外したエプロンを投げ捨て、靴を脱いで大きく一つ深呼吸した。そしてバシャン! ……と勢いよく飛び込んだのは、マスターではなく後ろから走ってきた高校生と思しき制服姿の男の子だった。 「そりゃっ!」  続けてマスターも後を追うように飛び込んだ。
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