恋人の帰還

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 到着ロビーに向かう廊下が長く感じる。何度も通っている見慣れた通路だが、毎回わくわくするような、切なさに泣きたくなるような気持ちになる。大好物を最後に取っておくように、マットははやる気持ちをおさえ、ゆったりとした歩みでゲートに向かう。  ゲートをくぐると、それぞれの大事な人を待つ群れの中に、頭一つ抜けているハンクの姿を見つける。キャップをかぶり、サングラスをかけている。周りには軍服を着ているのはマットしかおらず、ハンクは既に手を挙げて笑みを浮かべている。  結局我慢できずに速足でハンクの元に寄っていき、重たいバックパックを床に投げおろすと同時にハンクに抱きつく。しばらくお互いをきつく抱き締めながら、無事にまた会うことができた幸運をかみしめる。 「おかえり。」 「ただいま。会いたかった」 マットはまだハンクの感触を感じていたかったが、ハンクは身を引き、 「さあ、行こう」 とバックパックを抱え上げた。  いつもと違う?マットは嫌な違和感を覚える。 ただでさえ長身のハンクが大股で歩くと、マットはついていくのが大変だ。 「何かあった?大丈夫?(Everything’s all right?)」 「ああ、大丈夫だ」 そう言いながらも速足のままだ。  ハンクの後ろ姿を眺めながら、違和感はどんどん膨らんでいく。もしかして…彼はもう、俺に会っても嬉しくないのか。思えば、好きな気持ちを前面に出すのは俺だった。付き合うきっかけだって、俺がデートに誘ったからだ。いつも俺から求めていた。でもそれでもよかった。だって彼のことが本当に好きだから。それに、彼は必ず応えてくれた。でも、今は…。 「俺がいない間、変わりなかった?何か面白いニュースはあるかい?」 違和感を打ち消す様に、努めて明るく尋ねる。 「そうだな…帰ってから話そう。さあ、乗った」  ハンクに対する違和感は今やはっきりと不安に形を変え、マットの心をかき乱す。 早速エンジンをかけ、車を発進させようとするハンクの腕をつかみ、問いかける。 「ハンク。何かあったの?いつもと様子が違う。俺は死ぬほど君が恋しかったのに、君はなんだか素っ気ない気がして仕方ないんだ。もし…」 涙が滲んでくるのを懸命にこらえる。 「もし、今俺が想像してることが本当なら…終わりにしたいとか、そういうことなんだったら…」 ハンクが大きくため息をつく。また不安が大きくなり、胸が張り裂けそうになる。ハンクがゆっくりとサングラスを外す。 「マット、違うんだ。すまない。」 マットを見つめ、また前を向く。 「その…くそっ、情けない話だが…あれ以上お前に触れていると、耐えられそうになくて」 「……え?!」 「俺は、お前以上にお前が恋しかったよ。たまらなくな(So bad)。だから、今お前の目を見たら、抱きしめたら、歯止めがきかないと思ったんだ。俺が素っ気なかったとしたら、そういう訳なんだ。とにかく早く家に帰って、お前を抱きたい。めちゃくちゃに。一日中。」  信じられない。あの、いつもクールなハンクが、そんなことを思っていてくれたなんて。マットは安堵と嬉しさで、また泣きそうになる。同時に、ハンクの言葉にすっかり体が熱くなり、のぼせてしまう。 「Oh my God. それは本当に?」 「こんな会話してるのももどかしいくらい、本当だよ。もう出発していいか?」 マットは声を上げて笑う。 「よかった…。それを聞いて安心したよ。オーケー。じゃあ俺も君に協力する。早く帰ろう」本当は、照れて紅潮しているハンクの頬に触れてそっとキスをしたかったが、我慢した。  …しかし言わずもがな、家に戻るまでの時間がもどかしく、二人は終始落ち着かなかった。 「おい、何やってるんだ!」 ハンクは、割り込みをしてきた車に悪態をつく。明らかにイライラしている様子に、マットは思わずくすっと笑ってしまう。 結局赤信号で停まってしまったことにまたため息をつくハンク。耐えきれずにマットは、ハンクの首に手を伸ばす。 「大丈夫だよ。俺はここにいるんだから。落ち着いて、ベイブ」  軽く手をかけるだけのつもりだったが、離れられない。それどころか、つい親指で、彼のうなじをなでてしまう。ゆっくりと、耳元から首にかけて。  ハンクは目をつぶり、小さく息を吐くと、「ああ、くそっ」と言ってハンドブレーキを引いた。そしてマットの顔を引き寄せ、彼の唇に自分のものを重ねた。情熱的なキスだった。二人とも、会えなかった時間を埋めるように、お互いを味わい尽くすように貪りあった。  突然、後ろからけたたましいクラクションの音が響き渡る。二人はびくっとして唇を離す。信号が青に変わっている。 「ああ、くそっ」ハンクはもう一度悪態をつき、言った。「だから言っただろう」 そして、いたずらっぽく目を輝かせながら、 「覚悟してろよ」 とマットにウインクした。  ああ、彼の言った通りだ。歯止めがきかないな。体中が熱くなるのを感じながらマットは思った。そして、同じようにいたずらっぽい笑みを返した。 「待ちきれないよ(I can't wait.)」
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