僕らは神様の庭で踊る

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 この学校には、実はその従兄を追ってきた意味もあった。  それだけのために自分の進路を決めたのかと友人に打ち明けたら返されそうな理由だったが、学校自体が悪いわけではない。むしろ普通科においてはそこそこの進学校で、俺は入試で合格するために結構な努力をしなければならなかったほどだった。  従兄の様子が変わってしまった、この学校に入学してから。  俺はその原因を確かめたかったのだ。あわよくば、もう一度彼と話しがしたい。  従兄は部活に入ってはいないという情報は掴んでいた。……のだが。  待てども待てども校門に現れない従兄に煮えを切らして、俺は『神様クラス』の校舎の入り口まで来ていた。 「……… ひぇぇ …」  俺たち普通科の校舎と見た目は何ら変わりの無い、コンクリ造りの校舎であるはずなのに。夕陽に照らされているのにどこか薄暗く、こちらへ迫りくるように聳え立っている。  なんだか圧倒されそうな雰囲気に感じられるのは、ここへ来る前に聞いていた話のせいに違いない。  俺が入学したこの学校は、ちょっと。  全国津々浦々の、いわゆるが集まってくるのだ。  彼らの多くは神社やお寺の跡継ぎだったりするらしいのだが、よくしまうせいで普通の学校に行けなくなったって子もここへ来るらしい。難儀だよな。  だがそれを聞いたとき、「あぁ、だからかな」と従兄のことを思った。  彼も小さなときから、よくを見る体質らしかった。いきなり何もない空間へ話しかけたり、近い未来の出来事を当てたりした。俺はガキの頃から従兄を心底尊敬していたが、そのきっかけは、駄菓子屋のお菓子のクジをたくさん当てて、俺にくれたからだった。  優しくてで、の俺には、従兄がまるでヒーローみたいに見えていたのだ。 「おい、邪魔だ」  突然、後ろから声を掛けられてびくぅっと肩が上がってしまった。  トキメキではない理由で心臓を押さえながら振り返れば、怪訝な顔をした男子がいた。  いくら黒髪の人種だからってここまで艶やかに黒いのが不思議に思える黒髪は、少し目深だ。その下からやはり同じくらい黒い眼差しが俺を睨むように寄越している。  下駄箱からの渡り廊下から手をひらひらさせて『退け』の仕草をしていた。どうやら俺が校舎の入り口を塞いでしまっていたようだ。 「わ、わり…」  慌てて端に避けて彼を通そうとして、「やっぱ待って!」と再び通路を塞いだ。  相手は更に怪訝な、てか多分イライラした表情を俺に向けた。だが俺は怯みませんよ。 「なあ、あんたこっちに行くってことは『神様クラス』の奴なんだろ?  ちょっと聞きてえことが、」「設楽(したら)」  相手が俺の言葉を遮る様に声を挟んだ。  思わず言葉を詰まらせた俺へ、間髪を入れずにそのまま相手は続けた。 「じゃなくて、設楽だ。  同じ学年だからってあんた呼ばわりすんじゃねえよ」  やや低く掠れた声は、ぶっきらぼうにそう言った。あぁ、なるほど、こいつちょっと面倒臭いやつだな?  とはいえ、礼を欠いたのはこちらだ。俺は素直に「すまん、悪かった」と詫びた。すると相手はちょっと驚いたように、寄せていた眉間の皺を和らげた。 「そっちの名前は?」 「え、俺? 佐藤 ……」 「佐藤、いっぱいいるから、下の名前寄越せ」 「タズネ」 「…… ふうん。タズネ、ね」 「おまえ…… じゃなくて、設楽の下の名前は?」 「…… 知り合いに別の設楽がいんのか?」 「いや」 「じゃあ設楽でいいだろ、次の設楽から下の名前で呼べよ」  こ、こいつちょっと、メンドクサイ通り越して面白いぞ ……?!  友人をして「物好き」と言われる俺は、どうやら『神様クラス』らしい同学年の相手に、予想外の好奇心を掻き立てられてしまった。  ちなみに、相手が同学年と分かったのは、胸に付けている校章バッジの色を確認したからだろう。今年の一年は黄色カラーなのだ。 「… で? タズネは俺に何が聞きたいの」  俺が反論をしなかったのを了承だとしたのか、設楽は首を傾げる様な、軽く顎を逸らす様な、改めて聞き直してくれる優しさを感じればいいのか見下されてる感を感じ取ればいいのか迷う仕草をした。  楽しくなってきて笑い出したいのをなんとか堪え、俺はただ真面目に、設楽に尋ねた。 「松本って奴、どこのクラスだか知らねえ? えっと、3年の…」 「松本、領、か?」  従兄の名前が、全く見知らぬ相手から出てきたことに驚いた。それは、しかも訝し気に。  驚いている俺を、設楽は怒っているように眉を顰めたが、その唇は嘲笑していた。『、驚くフリか』、とその唇は言っていたのだ。  違う、そうじゃない、と出かかった言葉を飲み込んで、俺は頷いた。 「そう、松本 領だ。まだ帰ってねえようだから」 「松本 領は3-Aだ。が、──── タズネはもう帰れ」  設楽は先ほどと同じように、ひらひらと手を振った。「日が沈む」  なんで、と言い掛けた俺に、設楽はそう言った。なんだその理由、童謡か。牧歌的だな。 「いやいやいや、俺は松本と」 「いいから、帰れ、るんだろ」  設楽は無理矢理通ろうとしたのか、俺を押しのけるように肩を掴んだ。そして、 「松本 領はお前と一緒にゃ帰らねえよ、分かってんだあっちも」  真横の設楽の双眸が、鋭く俺を射抜く。  あぁこいつは、やっぱり、、て。俺は胸の痛みと共に納得してしまった。  悔しいんだか悲しいんだか、喉元を突いてくるような衝動を、ぐっと拳に握り潰した。  押し退けようとしていた設楽の手が、そっと離れた。ふと顔を上げて彼を見れば、そこに嘲笑の陰はなく静かな黒い双眸が俺を見据えていた。 「…… タズネは、松本 領の知り合いか?」 「従弟だ」  設楽の質問に、俺は力を込めて言い切った。それは間違いないことだったからだ。  設楽は、「そうか」と頷いた。そうして告げるのだ。 「松本 領について知りたいことがあれば、俺が分かる範囲だけど話してやるから、とりあえずタズネはさっさと帰れよ」 「マジで?!じゃあ一緒に帰りがてら」 「無理」 「即答ぉ!」 「まだ残るんだよ俺は。明日、タズネのクラスに行くから」 「1-Cでっす!」 「はいはい」  分かった分かった、と言ったように設楽は適当に頷きながら、『神様クラス』の校舎へと入って行った。「明日な!」  声を掛けると、設楽は後ろ手に手を振る。  俺は、知り合った癖のある面白い奴への期待感と、まさかと思っていたことの確定に沈む気持ちと、胸の中で複雑に混ざる思いを抱えながら下駄箱へと戻って行った。  帰り際、校門から振り返った『神様クラス』の校舎は、西日に赤黒く沈み込むように佇んでいた。  設楽の反応を目の当たりにして、俺は確信した。  俺の2つ上の従兄は、最近俺をガン無視していて───  そして、
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