僕らは神様の庭で踊る

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 「明日行く」とは言われたが、いつ、とまでは聞いていなかったことを思い出したのは今朝教室に到着してからだった。遅すぎるだろう、俺。  設楽のことを信じていないわけでは無かったが、それ以前に『嫌われ者の松本』の親族であると分かった自分にこれ以上関わる必要も無い、という可能性も同時に気付いてしまった。  あれがただ自分の追及を躱すための嘘だった、てこともある、のだ。  しょんぼりと午前中の授業を上の空で過ごしてしまった、昼休み。   「タズネ」  休み時間でそこそこにぎにぎしい教室の中を、彼の声はするりと抜けて窓際の席の俺まで届いた。  そうして、一瞬、教室の空気が停まる。 「シタラ! 待て、今行く」  俺の落胆を吹き飛ばす彼の姿に、俺はまるで仏を見ている気分だった。(午前の授業がちゃんと効いているようだ)  静まり返った教室のおかげで、俺の声は入り口に立っている設楽までよく届いた。ぎょっとした顔が幾つか俺の方を見ていたが、気にしない。 「ほんとに来てくれたんだな、シタラ。ありがとう」 「…… 場所を移そう」 「え?」  入り口まで駆け付けた俺を、設楽は見ていない。素早く周囲を確認するように視線を動かしていた。  設楽は少し眉を顰め気味にして(と言っても、彼は概ね眉間に皺が寄っていたけど)、俺の肩を軽く叩いて促すのだ。  断る理由と言えば、あと3分ほどで授業が始まるくらいだったけれど、設楽がここに来た理由の方が俺には大切だったので、促されるままに設楽の後に付いて行った。  まさか学校の外に出るとは思わなかったけど。 「ちょ、シタラ…!さすがに外はやべえだろ…!!」 「どうせ次の授業サボる気満々だろ」 「よ、よく分かったな」 「3分で終わらせていい話か?」  校舎の裏側は公園になっている。レンガが詰まれた壁の手前に脚立が置かれている。準備したのは設楽だろうか、あるいは先達がいるのか。  公園の方へ降りると、誰かが遊んでいた直後だったのか、ブランコが揺れている。ブランコと砂場があるだけの小さな公園だ。  揺れているブランコの鎖を手に取って止めた。ベンチ代わりに腰掛けると、少し離れたところから設楽がなんとも言えない表情でこちらを見ている。 「え、何?」 「……」  少し子どもっぽかったかと思いながら尋ねると、設楽は特に返すことも無く俺の正面、ブランコを囲む背の低い柵に腰掛けた。  彼は少し辺りを見回すように公園の中へ視線を走らせると、俺に向き直った。  そして言うのだ。 「松本 領は、」 「ど」  あまりに予想外過ぎたので、呼吸から言葉に詰まる。「どういう…こと、だよ…」  辛うじて問いかけを吐き出した俺を見て、設楽は少し間を空けた。言葉を選んでいたのだろう。それは俺に話すのを躊躇うというよりは、俺に分かる言葉を探しているようだった。  彼はあっさりと口を開いたのだ。 「あいつに憑いてるものが、酷い。とにかく酷い」 「ひ、酷いって ……?!てか、つかれてるって、何が ……」 「曲がりなりにも神だよ」 「か ……」  え、神様ってそういうもんだっけ?つくって、憑く、のことか ……?! 「…… タズネ、うちの学校が …… つか、俺の入ってるクラスがどんなクラスだか知ってるだろ」 「知ってる …… うん、知ってるけども ……」 「俺たちの中には単純に感覚が鋭いだけじゃない、色んな神を降ろしてる奴らがいる。  そいつらにとっちゃ『どんな神を降ろしている』かがステータスになってる。最初はそんなこと知らない奴らも、神降ろしの奴らを見てると惹かれるらしくて、どっかから連れてくるんだよ」  設楽の口調は呆れているような、いや、もっと底冷えのする …… 蔑んでいるように言うのだ。  俺はと言えば、彼の話しをぽかんと口を開けて聞いていた。信じられない、というか、信じられるだけの材料が、俺の手元にない。  設楽の入っている学級が「そういうところ」だと噂は聞いていたし、別棟になっているのだから何かしら「特別」なクラスだとは思っていたのだが…  まさかだと言うのは…… 自分が覚悟していたよりも衝撃的だ。  神様を降ろす …… 「神様って …… そんなにぽいぽいテイクアウトできちゃうもんなのかよ ……」  彼の話しからファストフード感覚みたいに聞こえたので尋ね返してみると、設楽はくしゃりと軽く顔を歪めた。たぶん、嗤ったのだ。  設楽はこの傾向を嫌悪しているんだな。 「出来るよ。まがい物なら」 「詐欺じゃん!」  俺が突っ込むと、設楽は噴き出して笑う。ちょっとびっくりした。意外に明るく笑ったのだ。 「詐欺と言いきるにはなんとも。元々は神様だった、とか。  この国は小さな存在でも祀ったりするだろ。 そういうのは祀った人たちの信仰心で一度は神格化をしようとするんだけど、途中で信仰心が途切れちゃって神になり切れないのがたくさんいる。  そういうのを、ナレハテって言うんだ。触ると祟るものが多い。  でも、そういうのは関係者じゃねえと知らねえ方が多いからさ」 「だ、大丈夫なのか…… そんなの連れてきちゃってさ」 「大丈夫だと思うか? 普通は大丈夫じゃない。  でも、そういうのは学校に連れてきた時点で、誰かが降ろしてるやつに食われてるのが大体だ」 「便利だな!」  俺が思わず感心してしまうと、やはり設楽は可笑しげに笑った。  そんなに可笑しいことは言っているつもりはないけれど、不機嫌になってしまうよりかは全く良い。  神様が神様(だったもの)を食うのか。設楽の話しを聞き、俺は驚きはしたが、あまりに遠い世界(隣の校舎なのにな)過ぎて妙な感心さえしてしまう。  俺には見えないところで日常的にそんなサバイバルな光景が広がっていたとは。世の中知らない方がいいことはあるものだ。  俺は続けて聞いてみた。 「…… 領に憑いてるのは、それらとは違うのか」  すると、と設楽の顔から笑顔が消えた。再びあの冷えた空気が彼を覆うようだった。「全く違う」  その言葉の響きに、少し肌寒くなったような気さえする。 「最初から違うんだ」  膝の上で白くて細い指がしっかりと組まれた。  緊張している。それが分かる。神降ろしを嗤っていた設楽が、従兄に憑いているものを口にするだけで空気を変えるのだ。  あいつは一体何を連れているんだ。 「松本 領に憑いてるのは、『堕ちた神』なんだ。  最初から、何かを呪うために生まれてきたものなんだよ」 「……」
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