宴のあとの応酬

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 家の前で車を停める。バックミラーを覗くと、後ろからついてきていたタクシーがすぐ後ろに停まるのが見える。「くそっ」エンジンを切り、ドアをたたきつけて玄関へ向かう。 「おい!待てよ!」 背後からぶつけられる叫び声を無視して家の中に入る。既にほどいて首に下がっていた蝶ネクタイを引き抜いて床に放り、タキシードのジャケットをリビングのソファに投げつける。「おい、トニー!なんでお前先に帰っちまったんだよ!」ニックもジャケットを脱ぎ、ソファの上のトニーのジャケットを拾い上げてから、玄関脇のハンガーにかけ直す。 「なんでって、お前どこぞの女性とよろしくやってたじゃないか。今にもキスしそうな勢いで、ぴったりくっついてダンスしてたぞ。だから今夜は俺一人で久々にゆっくり過ごせると思っておいとましたって訳さ。この優しい気遣いに感謝してもらいたいくらいだね」  キッチンに向かう。ニックは足跡のように点々と脱ぎ捨てられたトニーの靴やらソックスやらを、悪態をつきながら拾ってまわる。「だからって俺に何も言わずに出ていくことないだろう?俺には足がなかったんだぞ?」 「お前と彼女がいちゃついてるところに割って入るなんて野暮なことできるわけないだろ。結局お前はこうやってタクシーで帰って来たんだし問題ないじゃないか」 「…お前みたいなチャリティー精神のかけらもないな奴がよくパーティーなんて行ったな」 「ああ、だからこのいまいましい"正装"とやらをいつまでも身につけてるのは一秒たりとも耐えられないね。大体最初から気乗りしなかったんだ。俺たちは火を消して、人を助けるのが本分だろ。シンプルだ。次はお前ひとりで行けばいい。俺は金だけ出す。お前のその魅力で、ご婦人方からたっぷり金をせしめるといいさ」  今ではシャツも脱ぎ捨て、スラックスとカマーベルトの上にはぴったりと体に沿ったタンクトップ一枚だけになったトニーは、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターの大きなボトルを一気にあおる。興奮して勢い余ったのか、口からあふれ出した水が首筋を伝い落ちている。ごくごくと飲み込むごとに、喉仏が大きく上下する。大きく一息ついてボトルをカウンターに乱暴に置くと続けた。「そうだ。いっそのこと、ここを出て一人暮らししたらどうだ。パーティーのたびに綺麗どころを持ち帰り放題だぞ」 「なんだよその言い草は。そもそも一緒に住もうと誘ったのはお前だろうが」 「家賃を浮かせるためだ。次はいちいち気を遣わなくていい、地味な奴を選ぶよ。」  今度はカマーベルトを外しにかかるが、後ろ手に苦戦している。「ああ、くそっ!」悪態をつくトニーを見て、ニックは呆れたように息を吐きながらトニーに近づき、指を空中で回して背を向けるよう促す。「ほら。」トニーも天を仰ぎ息をつくと、仕方なく向きを変える。  ニックはカマーベルトのホックに手をかけた。腰に彼の指と、押されているような圧を感じる。服の上からだというのに、波のように全身に快感が広がっていく。ああ、俺に触らないでくれ。 「お前、覚えてないのかよ。あの女性は、18分署にいるマニーの奥さんだよ。この間署長の家でバーベキューをやったときにもいただろうが」クソ。「ふん。でも少なくとも彼女はお前を食いたくて仕方がないみたいによだれを垂らしていたぞ。お前もデレデレと鼻の下を伸ばして」ふっ、とニックが笑って吐き出した息を首に感じる。そんなにそばに寄らないでくれ。頼むから。「ほら」ニックは外したベルトをトニーの前に見せつけて、カウンターの上に置いた。 「まったく。…酔ってるのか?顔が赤いぞ」言いながら、手をトニーの顔に伸ばす。 「酔ってたらここまで運転して帰ってこれないだろ!」ニックの手を避けようとのけぞる。   と、ニックが目を細めてトニーを睨む。 「ははあ。そういうことか」 「何だよ」 「お前、嫉妬してるな?」心臓が大きく跳ねる。 「はあ?!お前こそ何言ってるんだ。」 ニックは口元に笑みを浮かべながら、トニーに近づいてくる。トニーは思わず後ずさる。 「俺が彼女に食われちまいそうなのを見て、カッとなったんだろう。『彼は俺のものだ』ってな」 「はあ?お前に、じゃなくて彼女に嫉妬したっていうのか?お前も相当なうぬぼれ屋だな」 「認めろよ。本当は、お前が俺と踊りたかったんだろう?」 トニーの背中がキッチンの壁に当たる。ニックは追い詰められたトニーの顔すれすれに手をつき、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。  トニーは喉に何かが詰まっているように感じた。この、何かを吐き出したい。今すぐに。 「だったら何だ。」 「は?」 「嫉妬してたら、どうだっていうんだ?」今度はトニーの番だった。身を乗り出し、既に十分近かった距離をさらに詰める。互いの鼻が今にも触れそうだ。 「おい…」ニックの瞳に動揺を見て、トニーの心に火がつく。 「言ってみろよ。俺がお前を欲しがっているとしたら、どうするつもりだ。」いつもより低い声で、一つ一つの単語を噛みしめるように、ゆっくりと囁く。それは質問というより、懇願のようにも聞こえた。  泣いているのか?いや、泣いてはいないが、トニーの青い瞳は、ニックの顔がくっきりと映りそうなくらい、水面のように澄み、そして濡れていた。  二人の息遣いが大きくなっていく。どのくらいの間睨みあっていたのか。突然、二人は激しく唇を求めあった。お互いの髪を手でぐちゃぐちゃに乱しながら、唇を、その中を、貪る。トニーの声がキスの合間に漏れる。寝室に向かう間に、今度はニックが靴やソックスを脱ぎ捨てていく。ひとときも唇を離したくなくて、取っ組み合いのようにもつれ合いながら、少し手荒なキスを続ける。唇から首筋、鎖骨へ、そしてまた唇に戻る。早く、その他のところにも唇を這わせたい。  なかなか寝室にたどりつかない二人にしびれを切らしたように、ニックがトニーの尻を支えて抱え上げた。トニーは不意をつかれて驚きつつも、喜んで相手の腰に足を絡ませる。  荒い息を吐きながら、トニーを下から見つめてニックが囁く。 「お前、重くなったか?」 「…お前なんか大嫌いだ(I hate you.)」  ニヤつくニックの口を唇で塞ぐ。二人の屈強な男は情熱的なキスの嵐を浴びせあいながら、ニックの腰が悲鳴をあげないうちに寝室のベッドにダイブした。
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