蓼食う虫も好き好き

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 それからしばらくして、二人は家に帰る。博之が玄関の扉を閉めると、先に入っていたはずの湊が優しく抱きしめてきた。 「よく我慢しました。偉いですね」  頭まで手は届かなかったらしく、背中をゆっくりと撫でる。すると先程まで堪えていた悲しみがぶり返してきて、買い物袋を投げ捨てて湊に縋りついた。声を押し殺し、きつく湊の身体を抱きしめる。 「大丈夫ですよ、大丈夫。あの時の博之さんはちゃんとDomにしか見えませんでした。でもここでなら、本当の自分に戻ってもいいんですよ。僕しか見てません」  中学生の時に受けたダイナミクステストでSubだとわかってから覚悟してきたことなのは、博之がよくわかっている。だが少し疲れたのだ。Domだと偽ることも、肩ひじを張ることも。だからSubである博之を無条件で認めてくれる湊の存在が沁みる。 「ご褒美あげなきゃいけませんね。何がいいですか?」  博之の顔を覗き込み、湊が聞く。「撫でるのも抱っこも、いつもやってますしねぇ」と湊が呟く。しかし博之はもっと違う物を望んでいた。顔が火照ってくるのを感じながらも、正直に欲しいものを欲しいと告げる勇気を絞り出す。 「……、湊」 「何です?」 「その……、エッチがしたいんだ……」  湊が少し驚いたように博之の顔を見る。幻滅されただろうかと、その目をしっかりと見ることはできない。しかし湊はその顔を両手で包み込み、優しく細められた目で見上げる。 「そうですね。しましょうか、エッチ」  可愛らしい響きとは裏腹に、頬を撫でる親指の仕草は色っぽい。それすらにドキドキして、思わず博之は喉を鳴らした。優しい提案であるのにもかかわらず、すでにフワフワとした浮遊感の片鱗を感じ始める。 「いっぱい、コマンドしてあげますね」  ふふふっ、と笑う湊の吐息がくすぐったい。期待に背中をゾクゾクさせながら、それでも安心感に包まれるようにもう一度しっかりと湊の身体を抱きしめた。
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