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蓼食う虫も好き好き
もう少しで日付が変わろうかという頃。博之は寒さと疲れで重くなった身体を引きずりながら、自分のマンションの扉を開けた。玄関は暗いものの、そのむこうにあるリビングからは光が漏れている。同居人が起きていることにホッとして、それだけで少し肩が楽になるような気がする。しかし強面といわれる自分がデレデレしているのは何とも気色悪く、博之は顔を引き締めてリビングの扉を開けた。
「戻った」
「あぁ、お帰りなさい」
同居人、湊が二人掛けのソファに座っている。読んでいた本を閉じて、博之を見上げながら軽く笑って応えた。かと思えば、自身の膝を手の甲で軽く叩く。
『おすわり』
そんな短い言葉だけで、博之の胸がざわざわと落ち着かなくなる。しかしそれは決して不快のものではなく、むしろ何かを期待した胸騒ぎに似た感覚だった。今すぐにでもその薄い腿へ飛び込みたいのをグッと我慢して、コートも脱がずに博之はゆっくりと跪く。ガタイのいい博之を受け止められないだろうという配慮と、手放しで甘えるという行為に照れくささを感じるせいだ。そうしてゆっくりと頭を乗せ、それを撫でられると、じんわりと何とも言えない幸福感が体中を包み込んだ。
「お疲れ様です。今日も頑張ってきたんですよね。偉いですよ」
犬猫にでもするように、話しかけ、褒めながら一方向へと撫でつけられる。あまりの気持ちよさに、博之の目はどんどん重たくなってくる。それに逆らおうという気はなく、このまま眠ってしまいそうなのをなんとか繋ぎとめているような状態だった。
「お腹は空いてませんか?」
「あぁ、食べてきた」
「じゃあ、お風呂入りましょうか」
博之は少しだけ視線を上げてみれば、穏やかに笑っている港と目が合う。その慈しむような目に見つめられると、少しだけ素直になれるような気がして。博之は一つ頷くと、名残惜しそうに港の腿を撫でて立ち上がった。
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