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 読書は彩里の第二の世界だったが、中学三年生になって、もうひとつ、大切な第三の世界に出会った。インターネットだ。塾の送り迎えの連絡のために買い与えられた携帯電話でもインターネットにはアクセスすることができたし、学校の授業でパソコンに触れてもいたが、自営業をしていた父親の中古のパソコンを譲り受け、夜毎それに触れるようになってから、彩里はハンドルネームという仮面をかぶって、自分自身を異世界に送り込むことができるようになった。当時好きだったいくつかの小説のファンサイトを探し当て、常連のひとたちと感想や楽屋裏妄想を語り合ううちに、いつの間にか、いわゆるBL(ボーイズラブ)――男性キャラクター同士の対関係に対して、萌えのとびらを開いていた。  もともと、彩里が代理人(アヴァター)として自分を投影してきたのは、圧倒的に少年や青年が多かった。行動範囲が広く、活躍が派手でわくわくできる反面、都合が悪い時には、自分とは性別が違うと切り離すこともでき、嫉妬や羨望、同族嫌悪を、同性キャラクターほどには感じずに済む。なにより、彼らはとても自由だった。どれだけ失敗し、どれだけ汚れても、彼らは立ち直ることができたし、他人の評価など関係ないと、蹴り飛ばす強さを持っていた。  しかし、彩里が思い入れを持つ彼らは、多くの場合、孤独で、不幸せだった。それは彩里自身が、幸福の渦中にあるキャラクターより、欠落を抱えた者がなにかを取り戻していく、そういう物語を愛しがちだったからだろう。物語の中で、彼らの努力が相応に報われることもある。しかし他キャラクターの幸福の陰で打ち捨てられ、朽ちていくに任せてあるものなどに触れてしまうと、そういう作品なのだとわかっていながらも受け入れることができず、原作を脳内で書き換えてでも、その子を救ってやりたいと思ってしまうのだった。  絵を描くことはわりと得意だったので、高校に入ってバイトを始めると、初めての賃金でデジタルイラスト制作用のソフトを購入し、見よう見まねでファンアートを描き始めた。溺れるひとの呼吸のように静かな自分の望みを目に見えるかたちに落とすことを覚えた彩里は、次第にその楽しみに耽っていった。
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