風船と鍵穴

三

　その頃通っていた、社会現象的ベストセラーとなったあるファンタジー小説のファンサイトで、彩里はめぐみと出会った。当時、サイトに出入りしていたひとは大勢いたから、際立って印象に残るようなことはなかったが、彩里が投稿したイラストにつけてくれる読み込みの深いコメントや、めぐみの投稿するファンアートの根底に流れる優しい世界観、常連・新参問わず、誰に対しても礼儀正しくフェアな言動に、じわじわと緩やかな好意を覚えていった。
　当時、彩里が十七歳、めぐみが二十二歳。交流はつかず離れず、長く続いた。
　初めて直接顔を合わせたのは、地元の大学に進学した彩里が同人誌即売会(コミケ)に一般参加するため上京することになり、件のファンサイトの常連がオフ会を企画してくれた、その席でだった。
　汐留のこじゃれたアイリッシュパブで盛り上がり、二次会のカラオケを楽しんだ後、解散という段になって、都会の交通に不慣れな彩里をどうするという話になり、都内在住のめぐみが駅まで送っていくよと申し出てくれた。自力で駅に辿りつけるか、ひそかに不安だった彩里は、ありがたくその言葉に甘えることにした。
　社会人のめぐみは、化粧も着ている服も居酒屋での振る舞いも雑踏の歩き方も洗練されていて、数年先に追いつけないくらいおねえさんに見えたし、頼れる存在に思えた。純粋に憧れを向ける対象だったのだが、カラオケ店から駅までの徒歩十分ほどの間に、皆がいる間はできなかった濃いめのカップリング妄想の話を始めたところ、予想以上に意気投合し、途中で話し止めないほど盛りあがってしまった。「もう少し先まで送ろうか」「じゃあ次の乗り換えまで」を繰り返し、彩里が泊まる予定のビジネスホテルに到着した後もエントランスの前で立ち話を続けた。一時間ほど経った頃、めぐみが遠慮がちに腕時計に視線を落として、そろそろ帰る？　と尋ねた。