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 経験したことのないほどの名残惜しさに耐えるために、彩里は俯いた。なんとか気持ちを整え、頷こうとした瞬間、私は帰りたくないけど、と呟く声が耳に入り、彩里は思わず顔をあげて力強く頷いてしまった。それで、結局、ホテルに荷物だけ置いて、近くのファミリーレストランで、朝まで語り合ってしまったのである。彩里は吟味して選んだホテルのベッドの感触を知らないままチェックアウトする羽目になったし、後になって教えてもらったことだが、めぐみは翌日、出勤日だったという。  あの時はばかなことしたねぇ、と、今となっては笑い話になっているが、当時はふたりして、朝なんか来なければいいのに、と言い合って、完全に舞い上がってしまっていた。  大げさな、と思われるかもしれない。けれど、そもそも大きな声では言えない趣味――最近ではそういう風潮もだいぶなくなってきたのかもしれないが、原作にない性的な描写、同性愛描写を加えることへの是非を含め、彩里の中で、二次創作という行為へ覚える後ろめたさは拭い難かった。  作者がきちんと味付けした料理を出してきているのに、自分好みの調味料をかけないことには落ち着かない、という性分は、どこか歪んでいるとわかっているし、作者を目の前にして、そのようなことを堂々とできる気はしない。公式に送り付けるなんて論外だ。だけどやっぱり、食べたいものを食べないことには明日生きる活力すら湧かないのも事実、お目こぼししてもらっているのに甘えて、日陰で生きていくしかないのだって、ずっとそう思ってきたから、その罪悪感ごと理解してくれる相手に出会えて、安心したのかもしれなかった。「わかるよ、だって、私もそうだから。どうしようもないんだよね」そうめぐみに言われた瞬間、胸の底に沈めていた、過敏で臆病な彩里の感性が、ぬる湯に浸かったように弛緩していくのがわかった。
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