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「まあ描きたくなったらでいいんだけど。それにしても、その、サガね、なんなんだろうね。好きになったキャラの行動原理は、納得できるまで突き詰めてしまいがちというか……。自分で自分のこと、ヤバいなって思ったのは、あのね、若干無理めの理論を持ち出してでも、好きなキャラの、本当にだめなところを庇ってしまうとこ」 「わかります……!」 「他推しのひとに、そいつただのクズじゃん、って言われたら、ものすごい勢いで庇うための自説が溢れ出してくるっていうか。こういう事情が裏にあるから! って、そんなの原作ではほとんど触れられてないっていうのに……。そんな自分が愚かで、非合理だとは思う」 「いけない部分だと自分でもわかっているのに、ひとに言われるのはだめなんですよね……。つまり、それはいわゆる、恋なんじゃないですか?」 「恋! 二次元以外でしたことない!」 「それは、わたしもですけど」 「現実にいたら、あんなの絶対に付き合いたくないってタイプ。でも好き……!」  人格に根ざすレベルの好悪と性的嗜好、そして幼児性。常識的な大人が簡単に他人に見せないように努力しているものを、まず開示していかなければ仲良くもなれない、二次創作仲間というのは、人間関係の中でも、かなり特殊な部類に位置するのではないかと思う。虚飾を脱ぎ、一番濃密で目をそらしたくなるような自分を見せていかなければ、同じくらいの覚悟でぶつかってくる相手をがっかりさせてしまう。そういう緊張感の中で行われるおしゃべりが、うまくいった時の多幸感と興奮は、こう言ってはなんだが肉体同士の交歓など及びもつかないほどの快楽かもしれない。知性と感性、倫理観と審美眼、歪みがあって正しくもない人生観のすべてを晒して、敬意持つひとの瞳に映り込む。言葉をどれだけ積み重ねたところで、伝えたいのはひとつだけ、わたしはあなたにとって話をする価値のある人間です、そうでありたい(だから止めないで、このまま続けて)。そんな捨て身の接近が、もしも両想いだと思えてしまったなら、それはしびれるどころではないカタルシス。もちろん一般的には、インターネットで知り合ったひとと厚い友情で結ばれたからといってなにがどうなるものでもない、むしろ素性がわからない相手など危ないのではないか、という見方が大半だろうけれど、彩里にとっては、家族との不和、学校での人間関係にうまく溶け込めなかったこと、そのさびしさから逃避するように読書やお絵描きにのめり込んだこと、すべてが意味のあることだったのだと、やっと肯定的に考えられるようになったのだ。
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