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二
◇
いい加減きちんと話をしなくてはならないと、頭ではわかっていた。どれだけ言い繕ったところで、心変わりは事実。そしてそのことをずっと隠しおおせるほど、彩里は器用ではない。
胸の中でわだかまる罪悪感ごと全部打ち明けてしまって、早く楽になりたいとは思うのだが、それが身勝手な願望だという自覚もあるから、せめて相手が受け取りやすい時を選んで伝えたい。そう願うのであれば、それは確実に、今ではなかった。
ダイニングテーブルでノートパソコンを広げ、時々スマートフォンのゲーム画面をいじりながら、ペンタブレットを動かしていた彩里のもとへめぐみが顔を出したのは、二十四時を少し回った頃合いだった。
「ちょっと失礼するね……、飲み物だけつくらせてくださいな、っと」
「もちろん。ここはめぐみさんの家なんだから、気を遣う必要なんて……」
「ふたりの家なんだから。一緒に暮らしているひとに、気くらい遣うよ。ましてや原稿中」
パジャマ姿のめぐみは、足音を忍ばせてキッチンに向かいながら、彩里の言葉にかぶせるように訂正を入れる。彩里はなんとなく腑に落ちないものを感じて苦笑を浮かべた。気遣ってもらえて嬉しい、と素直に思えればいいのだが、一瞬の臭気のように嗅ぎ取ってしまったものに、正体もわからないままわずかな反発を覚える自分がめんどくさい人種だと、自覚しながら彩里はタッチペンをテーブルに放った。それを見て、めぐみが眉を寄せる。
「ああ……。ごめんね、彩里ちゃんの集中切らしちゃった」
「違うんです。そんな上等な神経してません。今日はだめな日みたいで……」
「だめな日?」
「何度描き直しても、気に入る線にならなくって。推しが恰好よく描けない」
プロのまんが家のように一日中ペンを握っているわけでもあるまいし、疲労などではありえないのだが、時々こういう日があるのだ。絶望するしかない。
めぐみは嘆息している彩里に近寄ってくると、ふに、とその頬を柔らかく摘まんだ。
「なに言ってるんだか。安定の公式美形設定、彩里ちゃんの超画力、なにをどうやっても最高オブ最高の推しくんになるに決まってる。理想を高くしすぎてるだけでしょ。見せてごらん」
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