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 二ヶ月後に店は閉まった。同僚たちはそれぞれに身の振り方を決めた。主要駅や百貨店に入っているメインブランドの和食レストランに移る者もいれば、フランス料理にかかわっていたいからと会社を辞め、転職する者もいた。養わなくてはならない妻子と老親がいる谷は、旧態依然とした駅前のデラックスホテルの料飲課から声をかけられてそれを受け、彩里にも一応、どうしても他に行き場がないなら、と誘ってくれた。彩里は感謝の言葉を述べつつ、その話を断った。理想の折れた彼と古びた城で鮮やかな夢の続きを見るのは、あまりにわびしいことに思えたからだ。谷は、その方がいい、と言った。  彩里は自分で見つけてきたホテルやフレンチレストランの求人に応募したが、迎えてくれたのは人事担当者の困惑や憐憫、苦笑や自嘲的態度の数々だった。 「資格欄、すごいですね。もっと、せっかくの能力を生かせる場所に行った方がいいのでは?」 「ホールスタッフは、バイトしか募集していないから……」  似たようなことを異なる会社で何度も言われるうちに、お前の居場所などどこにもない、と宣言されているような気になってくる。その上、無職となった身にも容赦なくのしかかる家賃や水道光熱費などの支払いが、彩里を暗澹たる気持ちにさせた。失業保険ではぎりぎり生活費を賄えそうになく、少ない貯金が目減りするのを恐れて、バイトの掛け持ちで当座をしのぎながら社員の求人を探した。拘束時間の長さと疲労がたたって就職活動ははかどらなくなったが、一度独立した立場で、きれいに血のつながった三人が暮らす実家には戻れなかった。妙な見栄があって、彩里はなかなか知り合いにも自分の近況を話すことができなかったが、深夜の人恋しさに負けて、ある日オンライン通話ソフトの文字チャットモードを立ち上げた。
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