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 まだいける、まだ限界ではない、と自分を鼓舞してはいたが、環境を変えなければ手詰まりだという気持ちも強く、ナイトワーク専門の求人情報を眺めるようになっていた。  そんなある日、めぐみが、一通のメールを彩里の携帯電話に送ってきたのだ。  何時になってもいい、今日、仕事が終わったらあなたの地元駅に来て。大切な話がある――と。  忘れもしない、土砂降りの雨の日だった。駅前のロータリーのアスファルトはがたがたに歪んでいて排水溝までの傾斜のつくりも甘く、溜まった雨水が川をつくっていた。ロータリーと言っても客待ちをしているタクシーなど一台もおらず、家族の迎えと思しき軽自動車が三台ほど停まっており、それらもやがて雨水を跳ね上げながらひと気のない大通りへ走って行った。 「彩里ちゃん。私の両親にはもう話したから、あいさつに来て。結婚しよう。両親とも、娘が増えるって喜んでる。……私、本気だから。あなたを、攫うね」  仕事あがりに新幹線に飛び乗ったらしいスーツ姿で、めぐみは身動きができなくなっている彩里の左手を拾い上げると、返事も聞かずに指輪を嵌めた。まるで保護される野良のネコかイヌに、与えられる首輪のようだと思った。
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