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 それから互いの親族にあいさつをし、彩里は身辺整理をして、めぐみが住んでいる西荻窪の2LDKのマンションに移り住んだ。籍は入れたが、結婚式も新婚旅行も、彩里の体調が落ち着いて考える余裕ができるまで、留保されることになった。  彩里は東京で就職活動を再開したものの、コンクールに出た頃の自信は霧散していたし、他の出場者と出くわして、やはり東京に出てきたのかと思われるのも癪だった。それでも、なんとか気持ちを奮い立たせて外資系ラグジュアリーホテルの求人に応募し、面接にこぎつけた。  前日にめぐみと一緒に下見に行き、ラウンジでアフタヌーンティーを楽しんだが、文句のつけようがないほど豪華でハイセンスな内装とは対照的に、文句のつけどころしかないサーヴィススタッフのレベルに失望した彩里は、結局、面接の日は家から一歩も出られず、人事担当者に断りの電話を入れる羽目になった。  くだらないことに固執し、この期に及んでわがままを言っている、という自覚はあった。最上級の器と雰囲気だけで価格分の価値を提供し、客が満足しているなら、商業的には成功しているのだ。技術を修練し、賓客を迎え、即興的な対応を涼しい顔でこなしてのける、古きよきサーヴィスの精神などは、実質、もう「オワコン」なのだろう。そんなものにしがみついていても、未来はない。彩里は、いわば、ハマるジャンルを間違えたのだ。
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