7/7

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
 とは言え、一度染みついてしまったジャンル観を捨てて、一からやり直すというのは、彩里には無理だった。手当たり次第に他業種の求人を漁る彩里に、めぐみは、焦るな、と言った。これからのことは、ゆっくり考えればいい。大切なことだから、きちんと体調を回復して、冷静に判断できるようになってから決めても、遅くはないから、と。  彩里は反発し、気負い、焦り、何度もめぐみに噛みついた。しかし最終的には、彼女の言葉に従うほかないほど、彩里の体は正直だった。  彩里は個人経営の印刷所でバイトしながら、めぐみの希望に沿うかたちで、お絵描きと同人活動を再開した。生活費は折半させてくれ、と頼んだが、彼女から告げられた家賃や水道光熱費は想像していた相場より安い気がしたし、食費用の共用の財布の中身が減っていないのに、妙に冷蔵庫の中身が充実していることもしばしばあったが、彩里にはどうしようもなかった。まさか、自分の収入に合わせて生活水準を落としてくれとは、言えない。  同じ部屋にいてもべたべたと干渉し合わず、気ままに過ごすことをふたりとも好んだが、締め切り前以外はできるだけ夕食を一緒に取るようにはした。追い込み中は、自分の弁当を自分で買ってきて好きに食べる。家事は気付いた方がやるようにしていたが、即売会の後の休日にふたりで一気に溜まった掃除や洗濯を片付けてしまうこともあった。ルームシェアのような気安さで、適度な礼節をもちながら、気付けば新婚生活最初の一年目が過ぎていたのだった。      ◇
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加