3/11

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
 断絶。断絶。断絶。価値観の崖のふちで、彩里はいつも、言葉を失ってしまう。崖の向こう側に居住しているひとの言葉は、絶望的に遠い。それとも、彩里自身が理解したくなくて耳をふさいでいるだけなのだろうか。 「……めぐみさんは、上手ですよね。大勢がいるところで、ちゃんと振る舞うの」 「それは、まあ……。それなりに、社会人歴、長いから」 「すごいなぁ……」 「ふつうだよ」  打ち上げを終えての帰路、自分の中で一通り反省会を済ませた彩里は、率直な気持ちでめぐみを称えた。彼女の方は、そんな当たり前のことで褒められても、と思っているような雰囲気だったが、やはり、すごいことだ、と思う。 「彩里ちゃんだって、出会った当初から考えれば、随分大人になったでしょう。あの頃は完全に解釈違いが地雷の偏食腐女子で」 「わ、忘れてください……!」 「属性が好きだからって設定無視してつがわせるの、キャラ愛って言えるんですか?って」 「う、わ、ほんとに……! 忘れて……!」  高校生の頃の発言を今更持ち出され、彩里は赤面する。あの頃は、狭量で、攻撃的で、本当にどうしようもないオタクだった、と思う。  二次妄想はどれも、原作から乖離しているという意味では同じ穴のムジナだ。どの解釈も唯一無二の正解ではありえない、からこそ、意見の違う他人がこわくて、憎くて、いっそ自分の思考の色で世界を一色に塗り潰してしまいたかった。しかし、誰もが自分の色に染めあげた状態のものしか愛せないというのでは、他人の存在はとことん意味をなくす。やがてひとは誰かに言葉を伝えるということを諦めて、沈黙を是としてしまうだろう。それは、あまりに空しい、と、わかってはいるのだ。 「忘れない。いいじゃない、あの頃の彩里ちゃんも、好きだよ、まっすぐで。皆のいるところで喚き散らすわけじゃなく、私とふたりきりになるまで我慢する、自制心を持っていたし」 「……若気の至りということに、しておいて……ください」 「そうだね。あと五年も経てば、彩里ちゃんだって、もっと如才なく振る舞えるようになってるよ。年を取るだけ、いろんなことが楽になるから。でも、今の彩里ちゃんのままでも、私はいいと思う。荷物が多くって、かわいくって、こんなに愛おしいものはそうないもの」 「かわいいって……。外から見てどうでも、わたしが、生きづらいじゃ、ないですか」  他人ごとだと思って、と睨みながら抗議すると、めぐみはけらけらと笑い声をあげた。 「一応、生きづらい自覚はあるんだ」
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加