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「あります。直せないだけです。…………」  いつも買い物をするスーパーマーケットを通り過ぎ、住宅街の中を歩いていくうちに、彩里は道端の児童公園に目が吸い寄せられていた。なぜ、と思った瞬間、町内会の名入りの白いテントや提灯や備品の類が畳まれ、公園の隅に積み重なっているのを見つける。郷愁に似たものが、彩里の胸の深いところを、魚影のように横切っていった。 「今日、お祭りだったんだ……」 「ほんとだ。朝は気付かなかった。イベントの日の朝って、気が立ってるから」  彩里たちが同好の士たちと楽しんでいる間に、同じ町内に住んでいるだけの他人たちも特別なハレの日を過ごしていたのだ。公園に折り紙の飾りを張り巡らせ、焼きそばをつくったり、ラムネを冷やしたりして、こどもたちを楽しませる、地域の風物詩のようなお祭りは、彩里の記憶の中にあるままの姿で、故郷から遠く離れた都会にも存在しているらしい。 「こどもの頃って、何気なくこういうお祭りに参加してたけど、そっか、町内会みたいなものに入らないと、そもそも、あることも教えてもらえないものなんですね」 「そうだね。うちのマンション、間取りがファミリー向けではないしね。お付き合いもないし」  だからと言って、どうということはなかった。参加してくれと誘われたところで、彩里たちは迷わず同人誌即売会の予定を優先させるだろう。各々、自分の居場所で、生きていく。それだけのことに過ぎないのだが、幼い頃、当たり前に受け取っていた招待状が、いつの間にか永遠に受け取れない立場になっていたことは、彩里をほんの少し、感傷的にさせた。……こどもはいらないと、彩里とめぐみの間では、きちんと話がついているのにもかかわらず、だ。  その空気に触れることもかなわないまま、終わり、片付けられ、あとは運び去られるばかりのお祭りの残骸を見ていると、理由もなく胸が疼いて、彩里は公園に足を踏み入れた。  中に進むほど、外から見るより暗く感じられる。電灯と、遠く開け放たれたトイレの明かりが、背の高い樹木と遊具のシルエットを浮かび上がらせていた。無人の公園には、まだ、お祭りを楽しんだこどもたちの笑い声の残響が、幽霊のように居座っているように思える。心臓を竦めていると、なにも言わずについて来ためぐみが、そっと彩里の手を握った。他人の体温のあたたかさに、気持ちが緩む。
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