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「……めぐみさん。わたし、めぐみさんに話さなきゃならないことがあるの」  やがて彩里は、ずっと胸の内であたためていた話を切り出しながら、めぐみの手を柔らかくほどいた。  砂埃をかぶったブランコに腰掛け、鎖を両手で持つ。その感触は秘密を封じた錠前のように冷たく、錆びた鉄のにおいがした。  ひとまずふたりとも新刊を発行でき、無事に同人誌即売会の一日を終えることができた。  ひと区切りついた、と、彩里は判断し、隠し事の重荷を解き放つ覚悟を固める。 「他に、好きなひとができたんです」 「……誰?」  こわばっためぐみの声に、彩里は俯き、ハンドバッグのポケットを探った。スマートフォンを取り出し、軽く振ってみせる。 「……この中に、いるひと」 「ああ。なんだ。ソシャゲ? 新しくなにか始めたんだ」  明らかにほっとした表情のめぐみに、わかってない、とすぐに苛立ちがこみ上げる。けれど、それをいきなりぶつけない程度の理性は、彩里にもあった。  彩里は黙ったまま頷き、指先でゲームアプリを立ち上げると、タイトル画面を見せる。 「ああ、それ。知ってる。SNSでよく見かけるやつだ。すごく流行ってるみたいだね」 「うん。職場の休憩の時間潰しに始めてみたんだけど、戦闘システムが恰好いいし、シナリオも出来がいいし、キャラもいっぱいいて、楽しい、ですよ。めぐみさんも、始めてみません?」 「あー……ごめんね。携帯電話は仕事でいつも持ち歩くし、ハマったら、どうしても触りたくなっちゃうから……そこは線引きしておきたいんだ」 「そう、ですよね」  公私混同しない、きちんとした性格は、めぐみの美徳だ。彼女のそういうところを、彩里は尊敬している。だから無理強いはできないが、言葉にならない幼いさびしさが、ひたひたと潮位をあげていく。 「そっか。彩里ちゃん、そのゲームの中で、運命の推しに出会っちゃったか」
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