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 どのように正当化をはかろうとしても、自分にだけは嘘をつけない。平等に好きでいようと意識したところで、ひいきの一番をつくってしまうのが彩里の恋だ。それ以外のものはどうしたって色褪せ、輝きを失う。否、それがそのもの本来の姿なのかもしれない。脳内麻薬がもたらす多幸感の中、愛するものは、まるで神様のように神々しく見える。  そのひとのことしか考えられない、というくらい、自分にとって特別な存在。それを彩里は自分の愛だと信じている。だから。 (だから、……わたしはいつか、めぐみさんとも、だめになるの。きっと。ずっと一緒に、いたくても)  兆候は既にあった。スマートフォンからアクセスできる第三の世界。インターネット。  彩里はこのところ、新しくつくったSNSアカウントに入り浸っている。めぐみの知らない彩里は、フォロワー数が千人を超える人気絵師だ。そのジャンルは、公式からの燃料投下も頻繁で、二次創作界隈も活気に満ち、日々、新しい表現や新しい解釈が生まれて、飽きることがない。彩里の萌えを詰め込んだらくがきに共感を寄せ、支持してくれるひとは何百人もおり、その中には、新しい推しを巡って、めぐみとしていたような意思疎通が叶いそうな相手も、何人かいる。彩里が初めて足を踏み入れたマジョリティの世界は、孤独に苛まれることも、貴重な仲間に裏切られることも、ほとんど心配しなくていい、からりと乾いた明るい場所だった。新しい推しが新鮮な魅力を感じさせてくれるのは言うまでもないことだが、彩里の中で、居心地がいい場所への愛着も、同時に芽生え始めている。安心して推せる、というのは、なんとありがたく、すばらしいことなのだろう。  彩里は今、第三の世界で、現実が色褪せるほど、生まれて初めてと言えるほどの幸福感を得ている。その蜜のしもべになる快感を優先順位の上位に置くとするなら、誠実で穏やかで優しい伴侶というのは、一体、どれほどの価値があるのか。  しかし、そのひとこそ、感謝と尊敬を抱き、大切にしたい、と思う相手なのだ。
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