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 めぐみはなにも言わないうちから彩里のノートパソコンをそっとダイニングテーブルから避難させ、一緒に駅ビルの中の雑貨店で買い揃えたランチョンマットと食器セットを向かい合わせに並べ、冷蔵庫の中からレモンウォーターを出しておいてくれる。彩里は湯気の立つスープパスタを、すっかり準備の整ったテーブルに運んで行くだけでよかった。 「わ、いいにおい……美味しそう。彩りもすごくきれいで、元気出る」 「レストランの語源は、もとはと言えば、スープのことなんです。もちろん、当時のフランスでの正確なレシピは残っていませんけど、回復させるもの、っていう意味があって……」 「そうなの⁉ そこまで考えて書かれてたのかな、あのお夜食回も?」 「……と、私が勝手に思ってる……だけなんですけど……」 「え? なんでむっつりするの?」 「押しつけがましかったかなと……若干」  めぐみの感想につられて、つい知っていることを話してしまっただけだと言い訳したかったが、自分がその話を読んだ時の解釈と、実際に料理をした時の心情、ダブルで意味を決め打ちさせるような解説になったことを、恥ずかしい、と感じてしまう。  大切なことほど、つくりはとても繊細で、直截に口に出すべきではない。――と、彩里は思っていた。言葉にすればするほど、それはありふれた、誰でも使役できて汚したい放題の簡易な気持ちに見えてしまいかねないし、それは、彩里の本意ではない。 「そんなことないって。もう。彩里ちゃんはすぐ悪い方に取るんだから」 「そんなことないです」  めぐみに顔を覗き込まれるのが嫌で背中を向けると、ぎゅっと抱き締められた。つむじに顎を乗せられると、親愛表現だとわかっていても、こども扱いされるようで少しだけ傷つく。年齢でも社会的立場でも器の大きさでもめぐみにかなわないのだから、せめて身長くらい同じくらいでもいいのに、と、ひどく幼いことを考えるのは、扱いに呼応してのことなのだろうか。 「拗ねないで、彩里ちゃん。ね、冷めないうちに、つくってくれたごはん食べたいなぁ」  幼児が甘えるように言うめぐみのそれが、真実大人の演技力だとわかっていたが、あたたかい料理をあたたかいうちに食べないのは彩里の哲学に反するため、素直に懐柔されてテーブルについた。声を揃えていただきますを言い、スプーンを手に取る。掬ったスープを口に運ぶと、ブイヨンの旨味と野菜の自然な甘みが舌の上で調和して、縮こまっていた胃がふわっとほどけた。突っ張りたい気持ちも瞬時に溶けてしまい、もしかしたら自分は単に空腹で苛々していただけなのだろうかと、気付いてしまうと今度は恥ずかしさで埋まりたくなった。 「……すみません。ネガティブで根暗なオタクで」 「全然構わない。知ってて結婚しましたから」
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