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「…………」 「原稿、大変?」 「……かも」 「彩里ちゃんなら大丈夫。いつもなんだかんだ言って間に合わせるじゃない」 「今回は本当にどうなるか……」 「彩里ちゃんは完璧主義だからね。ネームは切れてるんでしょ?」 「……ん」  めぐみはもともと長くまんがを描いていたので、ネームと呼ばれる絵コンテさえ切れれば、あとは手を動かすだけなのだと知っている。そもそも、デジタルソフトを使ってまんがを描く方法を彩里に教えてくれたのは、他でもないめぐみだった。時間もある、内容も決まっている、下描きもほとんどできているというのに、線が気に入らないという理由で手を止め、原稿とはなんら関係ないらくがきを始めてしまう不出来な弟子を、内心やきもきしながら見守っているのに違いない。  彩里には、誰かになにかを伝えたい欲求も、誰かに褒められたい願望も、それほどにはない。  気に入りのキャラクターを自分の手で動かしてみたくて、まんがの描き方を覚えた。  らくがきに留めず、ある程度ストーリー性のある同人誌をつくるのは、めぐみが喜んでくれるから、という理由が大きい。  原稿など、終わらせてしまえば終わることを知っている。けれど、そもそも、二次創作というのはファン活動の一種。なんのために描くのかと言われればそれは。  そう、とにかく、気持ちが乗らなければ、どうしようもないのだ。  焦燥をスープパスタとともに飲み込んでいると、先に食べ終わっためぐみが、ノートパソコンと一緒に棚に避難させていた「聖典」――ふたりが活動するジャンルの原作本九巻を手に取った。 「この辺りの話、描くの?」 「……うん」 「うわぁ、すごい滾る。私、私ね、ここの会話本当にものすごく好き、最初に読んだ時叫びそうになった! 明らかに本心じゃないだろうってこと、敢えて言うの、この……」 「『僕は帰るよ』」  めぐみが開いているページからあたりをつけて、彩里が推しのせりふを暗唱すると、彼女は目を見開いてテーブルを叩いた。 「それー!」 「どこまでが嘘で、本心か」 「ああ……っ」 「この時点で、本心を一生隠し通すつもりだったのか、それとも彼にだけは止めて欲しくて……」 「待って、むり……」
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